選択とは何か ~コロンビア大学教授シーナ・アイエンガー博士の研究から~

私たちは日々多くの選択を意識的または無意識に行っています。
そしてビジネスシーンにおいては、非常に多くの意思決定が必要とされます。

● 今行動するべきか
● 妥協するべきか
● 新たな道を切り開くべきか
 
部下を持つリーダーであれば、自身の選択が多くの方を巻き込むことにもなるでしょう。
 
インターネットが普及した今、さまざまな分野の情報が溢れ返り、時代の変化は激しさを増すばかりです。
そんな中、ビジネスシーンにおいて適切な意思決定をするためにはなにが必要なのでしょうか。
 
10年以上にわたり「選択」について研究を続けた、コロンビア大学ビジネススクールの教授シーナ・アイエンガ氏の著書『選択の科学』を読み解いていきます。
さまざまな実験・研究により、多方面から「選択」について見直すことができる一冊です。
 
個人だけではなく、組織をマネジメントするリーダーも「選択」についてあらためて考えていきましょう。
 
こちらの書籍は以下に当てはまる方におすすめです。

✅ 決断を迫られたときに決められない
✅ 自分の選択が合っていたのかいつも不安になる
✅ チームのモチベーションが上がらず悩んでいる

 選択とは人間の本能である

選択の科学

選択とは自分の環境や状況を自分の力で変え、よりよいほうを選びたいという本能です。
そしてその欲求が叶えられないとき、本能的なストレスを感じてしまいます。
 
まずは「選択できないストレス」が与える影響についてみていきましょう。

社長の平均寿命は従業員よりも長い?

社長は決定権を多くもっていることから、従業員に比べると自由と制限のバランスが保ちやすいといえます。
 
本書ではこのように述べられています。
「生活の中で、この自由と統制のバランスをうまく図れるかどうかが、健康のカギを握る。」(『選択の化学』P33、以下同様)
 
運営を円滑にするため、組織は個人の選択を部分的に制限して成り立っています。
 
上位層にいくほど決定権が大きくなり、自分が選んだ仕事・働き方をしやすいでしょう。
自分だけでなく部下の仕事の采配も握っているため、「自分で決められない」という制限によるストレスが少ないといえます。
 
一方で下位層になるほど、自由に決められないものが増えていきます。
意味がわからない雑務、自分のペースで進められない仕事といった「やらされている」と感じる仕事も多いでしょう。
ストレスがたまり、健康や私生活に悪影響をおよぼす場合もあります。 

決定権の大きさではなく認識が大切

ストレスを軽減するためには社長になるしかない、というわけではありません。
大切なのは、自分の仕事にはどれくらいの自由度があるのかを認識することです。
 
認識することにより「自由がない」と感じるストレスが軽減され、健康状態も比較的よくなります。
 
例:同じ会社に勤めているAさんとBさん。2人は毎日往復1時間半を通勤に費やしています。
 
・Aさん:出社・リモートの選択肢があり、好きなタイミングで働き方を変えられると知っている。
・Bさん:なにがあっても出社しなければならないと思っている。リモートができることを知らない。
 
「いつでも自由に選べるのだ」という認識により、Aさんのほうが比較的ストレスが軽減されています。
一方、Bさんは選べることを知らず、ただストレスをため込むことに。
毎日出社することが苦痛で仕方なくなるかもしれません。
 
結果的にどちらも出社していたとしても、認識の有無で心への負担は大きく異なります。
 
「自分で変えられる」ことを知らないと、選ぶという行為がそもそも思いつきません。
選べることを知り、自分が持つ自由に気づくことが大切なのです。

経験やバイアスが選択を左右する

たくさん並ぶドア

なにかを選択するとき、個人的な経験やバイアスによって大きく左右されます。
先述した「自由度」だけではなく、「文化」や「環境」も影響を与えるのです。
 
では、具体的にどのように影響を与えているのかみていきましょう。

1.「自動応答」と「熟考」のシステム

 本書では、私たちが選択するときには以下の2つが働いていると解説しています。
 
1.直感的に選ぶ自動システム
 →素早く反射で作用する選択。
 理論的に説明はできない勘・虫の知らせ。
 
2.じっくり論理的に検討する熟考システム
 →理論的・理性的な選択。
 時間をかけて検討し、選択の道筋を把握する。
 
そしてこの2つの選択による結果が食い違ったとき、葛藤が生まれます。
 
たとえば「新しいクライアントからのオファーを受けるべきか、否か」というシーンを想像してください。
先方の話を聞いているときは「今はリスクが大きく、タイミングではない」と思い、持ち帰ってよくよく検討したところ、「将来性を考えると、やはり受けるべきかもしれない…でも今でいいのだろうか」と葛藤が生じるようなことはないでしょうか。
 
「今はタイミングではない」と感じたのが自動システムであり、「受けるべきかもしれない」という考えに至ったのは熟考の結果です。
 
このようなとき自動システムに左右されず理性的に判断する方法を、本書では以下のように述べています。
「自動システムを熟考システムと調和させて、自制心ある行動を、はじめから取りやすくすることだ。
(中略)自分をごまかそうとせず、誘惑を避けることを自分に教え込まなくてはならない。誘惑を回避する行為そのものを習慣化、自動化するのだ。」(同書、 P150)
 
自制心ある行動を取りやすくするためには、直感や感情を抑え込むのではなく、思考の仕組みづくりが必要なのです。 

2.経験則による「フレーミング」とバイアス

私たちはこれまでの経験をもとに物事を判断しています。
 
たとえば、既存のクライアントCさんに紹介されたDさんと、はじめての取引について話しているとします。
Dさんの話の内容で違和感を覚えるポイントがあったとしましょう。
しかし「これまでCさんから紹介されたクライアントに間違いはなかった」という経験があったとしたらどうでしょうか。
最初に抱いた違和感を見逃してしまうかもしれません。
 
このとき「Cさんの紹介だから大丈夫だ」という、経験則による「意思決定バイアス」が働いているのです。
 
経験による情報は、自動システム・熟考システムどちらにも影響を与えています。
先述の例でいえば、「Dさんと話していて抱いた違和感」こそが、「以前にこの話し方をしていた人との取引が破談になった」という経験によるバイアスが働いていた可能性もあります。
 
私たちは無意識に、これまでの経験にそった枠組みの中で考えてしまいます。
これは「フレーミング」と呼ばれる思考であり、選択に大きな影響を与えているものです。
 
フレーミングが選択に与える影響について、本書ではコカ・コーラ株式会社のCEOを務めたロベルト・ゴイズエタの伝説的な物語を例に述べています。
 
「全世界のソフトドリンク市場で同社が45%のシェアを獲得したといって、経営陣が浮かれ騒いでいることを知った。
(中略)
「ソフトドリンク市場ではなく、飲料市場全体で見た場合、わが社のシェアは、何パーセントかね?」
答えはわずか2%と出た。
ゴイズエタは問題を違う枠組み(フレーム)でとらえ直すことによって、視野を広げ、独創的な考え方をするよう、経営陣にハッパをかけたのだ。」(同書、P153)
 
情報をどのようにフレーミングして捉えるかによって、見えてくるものが変わり、判断に大きな影響を与えます。
コカ・コーラ株式会社の例ではフレームを変えることで「シェアを獲得する余地が大幅に拡大」し、その後の躍進へつながりました。
 
しかし、フレーミングの仕方によっては判断が惑わされる可能性もあります。
わたしたちは、特に利益よりも損失に強く反応してしまうため、注意したいポイントです。
「損をしたくない」という恐れから、バイアスがかかりやすくなるのです。

3.選択力は高められる

本書では熟考システムを通して経験を検証することで、選択力を高められると解説しています。
 
大切なのは、なぜ自分が特定の選択に到達したのか?と自問自答することです。
自分が魅力的に感じている選択を、逆に「却下するべき理由」について考えてみてください。
 
蓄積された情報が直感にも作用し、バイアスにとらわれず選択できるようになるでしょう。 

自分で選択することの大切さ

選択肢

「自分で選べない」ことと「選ぶ自由を手放す」ことは、心に与える影響が大きく異なります。
では組織において、どのように部下に選択権を与えるのが最適なのでしょうか。
ここでは本書で述べられている、3つのポイントをご紹介します。
 
1.部下の考えを聞く姿勢を示す
2.情報を与えた上で選択をゆだねる
3.「軽い抑制」で誘導する

1.部下の考えを聞く姿勢を示す

信頼関係を築くためには、しっかりと部下の考えを聞く姿勢を示すことが重要です。
 
部下に決定権を一切与えず、統率をとろうとしていないでしょうか。
自分で選べないと不満が生まれ、最初は小さな反発心でも後に不和の種になりかねません。
 
選択肢を取り上げられている心理状況を、本書では「赤いボタン」の話を例に述べています。
赤いボタンを見せられ、「このボタンはなにがあっても押さないでくださいね」と繰り返しいわれたとき、ますますボタンのことを考えてしまうでしょう。
 
「自分に何かの行動をとる自由があると信じている者は、その自由が失われるか、失われそうになるとき、心理的反発を感じる。心理的反発とは、「失われそうな自由、または失われた自由を回復しようとする、動機づけ状態」と定義され、その行動を取りたいという欲求の高まりとして現れる。」(同書、 P294)
 
「押す」という選択肢を奪われると、かえって「押してみたらどうなるのだろう」「少しぐらいなら問題ないかもしれない」という誘惑が強くなってしまいます。
 
私たちは自分の自由を奪われると、取り戻そうと本能的に感じているのです。
選択を取り上げると、逆に大きな反発が生まれます。
 
これは組織のマネジメントにおいて非常に大切なポイントです。

2.情報を与えた上で選択をゆだねる

選択の科学

 部下に決定権を与えるといっても、完全に選択を任せてしまうのには注意が必要です。
 
自分ですべて選択できる場合、「選べないストレス」は感じません。
しかし自分が選んだことによる罪悪感・迷いが大きな負担となります。
 
大きな選択に慣れていないと、「この選択でいいのだろうか」というストレスを抱えることになるのです。
 
そこでまずは選択を任せ、「リーダーとして望ましい選択肢」も合わせて共有しましょう。
「頼れる選択肢の情報」により選択者のストレスを軽減しつつ、自分で選んだ満足感を得られます。
 
たとえあらかじめ決められた方針があったとしても、選択の機会を与えることで満足感が変わります。
 
選択肢の見せ方・与え方を工夫すればさまざまなビジネスシーンで活用できます。
大切なのは、部下がそれぞれ自主的に行動し、議論を深められる雰囲気づくりです。

3.選択する人に制約を感じさせない「軽い抑制」で誘導する

部下に自ら選択してもらう際、望ましい選択肢へうまく誘導するためには「軽い抑制」が効果的です。
 
たとえばEさんが担当しているクライアントと商談中、大幅な値下げを要求されたとしましょう。
競合他社から非常に安価な提案を受けている状況らしく、クライアントも迷っている状況です。
その後の調査・検討の上、最終的にチーム内で以下の案が出たとします。
 
・価格を下げて対応する
・撤退する
 
リーダーとしてはゆくゆくの将来を考え撤退を推したい。
しかし担当のEさんは「なにか手段があるのではないか」とあきらめきれないかもしれません。
 
このとき、リーダーがEさんに「価格は絶対下げられない。撤退の一択だろう」と伝えるとどうなるでしょうか。
 
私たちは無意識に「手に入らないもの」が欲しくなるという習性があります。
強く抑制されるとより興味を引きつけられ、それを選べないことに強い反発が生まれるのです。
 
つまり「価格を下げる選択肢は選べない」という強い抑制を感じさせてしまい、どうにか価格を下げることだけにとらわれてしまうかもしれません。
 
そこで効果的なのは制約を感じさせない「軽い抑制」です。
「できれば価格は下げてほしくない」と表現してみたらどうでしょうか。
 
最初は同じように価格を下げる手段を検討するでしょう。
しかし禁止は緩くされており、値下げを選ぼうと思えば選べる状況。
この場合は決定権は自分にあると感じられるため、自分の中で整理をつけやすくなります。
「なぜ下げてほしくないのか?」と思考する余裕もできるでしょう。再度視野を広げ、他の選択肢について検討できるかもしれません。
 
実際にはこのように簡単に気持ちを切り替えるのは難しいかもしれません。
しかし、やはり長い目で見ると強い反発がないのが、軽い抑制です。
伝え方によって軽い抑制・強い抑制が働き、相手に与える印象が大きく異なります。
 
このように表現一つで、望ましい選択肢を「部下自ら選択」してもらうことができます。
日常業務の中でも意識して行ってみてください。
 

まとめ

この記事では、どのようにしたら私たちはうまく「選択」できるのか、どうすればビジネスシーンに生かせるのかを、シーナ・アイエンガー氏の著作を紐解きながら学んでみました。
 
必ずしも正しい・間違っている選択肢というものはありません。
選択にはバイアスがかかり、無意識に視野を狭めていることを意識しましょう。
また選択肢の見せかた・与えかた次第で判断は変化します。
 
本書はそんな選択について考え直し、ビジネスや人生を変えるきっかけになるかもしれません。
そしてぜひ、実践してみてください。

  
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