決定的瞬間の積み重ねがリーダーとしての自分を創る

リーダーは、他の社員をまとめることだけが役割ではありません。時として、チームの将来を左右するような判断を迫られることもあるでしょう。その時、「はたして自分の判断は正しいのか」と悩んだり、いずれの選択肢も正しそうだと思えば、その意思決定に頭を抱える方もいらっしゃることでしょう。

リーダーが意思決定する際に沸き起こるジレンマをどう解決すべきなのか、そしてそうした決断の積み重ねがリーダーとしての成長に必要な理由について、『「決定的瞬間」の思考法(著:ジェセフ・L・バダラッコ 東洋経済新報社刊)』を通じて考えていきましょう。

こちらの記事は以下に当てはまる方におすすめです。

✅ リーダーとしての自分を磨きたい方
✅ チームを正しい方向へと導くスキルを構築したい方
✅ どのようなリーダーであるべきか悩んでいる方

チームにおいてリーダーは決断力が求められる存在です。

しかし、物事を決断するということはそう簡単なことではありません。自分の決断がチームの今後を左右するとわかっているからこそ、頭を抱え、何が正解なのか必死に導きだそうとするのでしょう。

また、決断の基準は一つではなく、次のようにさまざまです。

  • 自分の経験をもとに判断するケース
  • 自分の価値観で判断するケース
  • 周囲の反応を探りながら判断するケース
  • 倫理的に判断するケース

このように、決断の基準は複数あるからこそ、何を優先すべきなのかを見失い、正しい選択ができなくなることもあるのです。

意思決定の内面で起きていること

重大な意思決定の際には、リーダーの内面には次の三つの要素が混在しているとされています。

  • 自我を現す(Revealing)
  • 自我を検証する(Testing)
  • 自我を形成する(Shaping)

(同書、P106)

決断が自我を現わすとはいったいどういうことなのか、そしてそれがリーダーにどのような変化を及ぼすのかみていきたいと思います。

決断の瞬間には自我が現れ、それを検証するプロセスがある

大きな壁に直面し、決断を下さなくてはいけないとき、まずは自分の価値観が立ち現れます。

決断は自分の価値観を確認するきっかけになることを同書では、スティーブンスと父親を例に挙げて解説しています。

スティーブンスは、仕事のチャンスが訪れた最中、彼の父親は最期を迎えようとしていました。彼は、仕事を優先すべきなのか、父親の最期を見届けるべきなのか悩みますが、「草葉の陰で父は、私が会議の終了まで仕事を続けることを望んでいるはずだ」(同書、P105)と考え、仕事に全うするという決断を下しました。

この出来事により彼は自分にとって何が優先的なのか知ることになるのですが、このように決断を下す背景には、正しい答えを導き出すために、これまでの経験も含めつつ、自分の価値観を見つめ直そうとする自我が現れます。

それにより、これまで曖昧だった自分の価値観が明確となり、何が自分の人生にとって優先なのかを知ることができるのです。

決断によって得られるものとその代償

自分が下した決断は、同時に自分の価値観を試される機会となります。

スティーブンスを例に挙げると、彼は自分のキャリアを重視すべきか、道徳的選択を重視すべきなのか、悩んだ結果、彼は仕事を優先しました。

この結果は、彼にとって重要な価値観を見出した反面、道徳的選択を行わなかったということにもなります。

仕事への重大な責任を果たした一方で、父親の最期を見届けられなかったという大きな代償を背負うことになったのです。

チームの核となるリーダーは、自分の価値観を試すシーンに直面することが多々あることと思いますが、選択した結果により、自分の価値観を明確に意識することができます。しかしその一方で、その価値観を優先する代償として、何かが犠牲になることがあるということも事実です。だからこそリーダーは迷うわけですが、一旦決断した以上はその代償も背負っていく覚悟が必要となります。だからこそリーダーは内面が強くなっていくわけです。

意思決定を重ねることで自分が形成されていく

困難な意思決定を通して自分自身の価値観が明らかになり、それを積み重ねた結果として自我が形成されていきます。スティーブンスのように人生に関わる大きな出来事だけではなく、日常で起こり得る些細な意思決定も自我形成に影響を与えていきます。

短期間で劇的に変化を遂げることはありませんが、徐々にリーダーとしての自分が形成されていくことでしょう。

そのことを著者のジェセフ・L・バダラッコ氏は、古代ギリシャの哲学者・アリストテレスの言葉を引用しながら次のように述べています。

 ・・・些細な決断が積み重なることで、水滴が石をうがつごとくその人の性格を形作っていく。(中略)人はふつう簡単に変わるものではない。この点について、アリストテレスの次の言葉は至言である。 「習慣づけによってはじめて、このようなわれわれが完成されるにいたるのである。」 (同書、P113)

理想とするリーダー像は目指そうとして目指せるのではなく、自分を試す習慣こそがリーダーとしての強い自我を形成し、理想とする姿へと導いてくれるのです。決断を積み重ねながら自問自答し、自分の価値観を明らかにしていくことこそが大切だというわけです。

本当の自分を磨いていくために重要な要素

たとえば、仕事に真摯に向き合う姿勢が見受けられない部下を評価しなくてはいけないシーンに直面したとします。「働き者とは言い難い部下の評価は、低評価にしても構わない」という考え方もあれば、「低評価にしたいが、今後の彼の処遇面を考えると低評価は付けにくい」という考え方もあるでしょう。

前者に関しては、正しく評価すべきだという価値観、後者に関しては優しさという価値観が強い傾向にありますが、いずれの決断を下してもメリットと同時にデメリットも生じてしまうでしょう。

例えば前者を優先した場合、正しく評価することにより、企業にとっては処遇を見直すきっかけとなります。それにより、場合によっては人件費が削減できるなどのメリットが生まれるかもしれません。しかし、後者を優先した場合は、部下にとっては処遇が変わらず、今の姿勢のまま働き続けられるというメリットがある一方で、企業にとってはムダな人件費が発生するという代償が伴うかもしれません。

このような難しい課題に直面したとき、困難な選択肢を選ぶのか、それを避けた方がいいのか悩むことが多いのではないでしょうか。

しかし、正しい評価をすべきだとどこかで思っている自分の価値観を無視すると、自分の本質だけではなく、リーダーとしての本質も見失ってしまいます。リーダーとしてのスキルを高めるためには自分の価値観を洗練させ、難しい課題を乗り越えようとするプロセスがとても重要になってくるのです。

同書でジェセフ・L・バダラッコ氏は、決断を重ね、本当の自分を磨いていくためには次のような要素が必要であると述べています。

  • 規律
  • 世話(ケア)
  • 大胆さ
  • 粘り強さ
  • ひたむきさ
  • 勇気
  • 想像力

 (同書、P129)

規律を守りながらも新たなことを想像し、挑戦する。時には、乗り越えなくてはいけない壁に直面することもありますが、粘り強さとひたむきさを持ち、挑み続けることで、自分の本当に求めているものが見えてくるでしょう。

自分の価値観をチームに浸透させるためには表現の工夫と他の価値観との融合を心がけることが重要

チーム

幾度となく決断する経験を重ね、自分の価値観が明確に見えてきたら、自分の価値観をどのようにチーム内に定着させるかがリーダーに必要な次のステップになります。

同書では、マネージャーを務めるピーター・アダリオが、仕事と家庭のバランスを保てる職場づくりを目指しましたが、表現の方法を誤り、チームに自分の考えが聞き入れられなかった例を挙げて説明しています。

彼は女性が働きやすい職場環境を整備することが企業にとって大切なことだと考えていたのですが、彼の上司はそれにより従業員を増加したり、規約改正が必要になることを懸念していたのです。結果的に、最適な表現ができなかったことにより、彼の考え方は上司には聞き入れてもらえなかったのですが、この話からチーム内に自分のアイディアを浸透させるためには、自分が正しいと思う価値観に対し、明確な理由を持つことと表現の工夫が重要だと学ぶことができます。 

自分が大切にしている価値観をチーム内に定着させるためには、その価値観をチームに取り入れることによってチーム内にどのような利益がもたらされるのか、そして、社員と企業にとってどのようなメリットが生まれるのかを伝える技術が必要となってきます。

また、他の人の価値観を無視するのではなく、企業が求める価値観や他の社員が持つ価値観を融合させながら、自分の価値観を伝えていくスキルが重要となってきます。

決断の積み重ねは価値観の変化を遂げながらリーダーとして成長できる大切なプロセス

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現実は厳しく、ようやく見つけ出した自分の価値観をチームに定着させようとすることは、成功するケースばかりではありません。しかし、決断を下し、自我を検証した結果、失敗に終わったとしても、学習する機会が得られたと考えられれば、決してマイナスに終わることはないといえます。

「何が失敗の原因だったのか」「どうすれば納得のいく結果が得られていたのか」と考えるきっかけにできれば、価値観は変化を遂げ、リーダーとしても成長していくでしょう。本物のリーダーを目指すためには、失敗を恐れずに、決断を繰り返し、自分を問いただすこと、そして実際に行動に移して自分を試すことが大切なのです。

夏目漱石の『夢十夜』の第6夜に鎌倉時代に活躍した仏師、運慶が夢二出てきた話があります。市井でも評判になっていた運慶が仏像を彫っていく姿を見て、木を鑿で削って仏様をつくっているのではなく、「あの通りの眉や鼻が木の中にあるのを鑿と槌で掘り出しているんだ」といったくだりがあります。もしかしたら、実はみなさんの内面に隠されている「価値観」を、鑿で掘り出して表出させ、磨き上げるという作業が“決定的瞬間”なのかもしれません。

  
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