おびただたしい情報が行き交ういまの時代、ただ情報量を増やしていくだけでは知の発展にはつながりません。具体を抽象に置き換え、意味のまとまりとして理解していくことが大切です。
これから先AIやロボットがわたしたちの生活に深く入り込んでくるようになると、具体と抽象を往復した思考回路を持っていなければ、ただ「AIに使われていく人」になってしまうと『具体⇔抽象トレーニング』の著者、細谷氏は警鐘を鳴らしています。
では実際にどのようにして「具体」と「抽象」を往復させていけばよいのでしょうか?具体と抽象とは何か?そして、なぜそれが重要なのかを説明していきたいと思います。
こちらの記事は以下に当てはまる方におすすめです。
✅ 話を簡潔にまとめたい方
✅ 抽象度の高い概念を手に入れたい方
✅ 知的能力を劇的に進化させたい方
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「なぜ具体と抽象が重要なのか?」
一般的に抽象的な表現は「よくわからない」「理解できない」という見方をされ、具体的な表現は「わかりやすい」「理解できる」という見方をされます。
では具体的=わかりにくい、抽象的=わかりやすいという真逆の発想は起こるのでしょうか?
実は一度抽象の世界が見えてしまった人からすると、具体の話は冗長でわかりにくいと言います。抽象の世界では具体的に語ることで、同じ話を繰り返しているだけと見られる、つまり「具体的でわかりにくい」ということになり、すべて具体的にすることがわかりやすくなることではないともいえるようです。
よくある問題解決の3パターンとは?
具体と抽象の活用パターンを問題解決の観点から見ていくと、次の3パターンに分けられます。
・具体→具体のパターン
・抽象→抽象のパターン
・具体→抽象→具体のパターン
(図表引用:『具体⇔抽象トレーニング』以下、同様。p33)
1つ目は「具体→具体」の問題解決です。これは何も考えずに言われた通り問題解決に対応するパターンです。
この思考法では表面的な問題解決にしかなりません。前例をそのままの形で行う、過去の成功体験にそのまま当てはめるということが起きてしまい、これを著者は「具体病」と呼んでいます。
つまり思考停止の状態で、機械でもできるようなものであり、一切の応用が利かない思考です。これからAIやロボットが人間の作業を代替していく時代に、このような思考の人間は真っ先にそれらに置き換えられてしまいます。
2つ目は「抽象→抽象」の問題解決です。これは空虚な一般論であり、現実的ではない問題解決になる可能性、大です。
問題解決のための具体的な代替案やアクションがなく、一切行動につながらないパターンです。例えばインターネットやSNS上で、匿名性ゆえに「無責任な批判」や物知り顔で「一般的な理想論をアドバイス」する現象を思い浮かべていただければわかりやすいかもしれませんが、職場においても理想論で批判するばかりで、「じゃあ、一体何をしたらいいのか」わからないというがよくありませんか?それは、具体化の側面が不足しているのです。
3つ目は「具体→抽象→具体」という抽象化と具体化を組み合わせた「根本的な問題解決」パターンです。まずは現実の事象を具体的にとらえ、それを一度抽象化して根本的課題を追求したのちに、その解決策を実践に導くために再度具体化するという具体と抽象の行き来による問題解決で、これからの時代に求められているのはこのパターンです。
抽象化は概念形成を助ける
例えば、永遠の議論のテーマにもなり得る「持ち家か賃貸か?」という問題を、単に「住む場所」の問題として考えることは具体的な発想であり、「これと同じような構図の話は他にもある」と応用して考えることは、抽象化と具体化をしているといえます。
また、持ち家は所有、賃貸は都度払い、すなわちサブスクリプションの概念と言うこともできます。このように、サブスクリプションという概念に転換して考えてみると、世の中にはたくさんのサブスクリプションが存在しています。車や家具、洋服やコンタクトレンズなども構図としてはほぼ同様に考えることができます。
著者は「どれにうまく当てはまり、どれにうまく当てはまらないのか、ということを考える上では、具体的で個別の事象の特徴を捉えることが一方で必要になってきます。これが「抽象化と具体化」をすることで発想を膨らませていくイメージの例です。」と述べています。(同、p36)
こうして抽象化と具体化を繰り返す中で、人類は知的能力を拡大し、発揮することで生活を豊かにしてきたといえるでしょう。
それでは具体と抽象を考えることのメリットを、人間の知的能力から探っていきましょう。
抽象化によって起きた「知の発展」
(図表引用:同書、p43)
図4の横軸は、情報量の大小を表現しています。縦軸が「具体と抽象」という質的な拡大の軸になります。
人類は情報を蓄積するだけではなく、質的な発展を遂げてきました。それは「法則の発見」であり、「言葉や数といった抽象概念の発展」です。これは抽象化の産物であり、「こうして生まれた抽象概念を再び具体化することで横方向の拡大にも貢献」(同書、P42~43)させてきたのです。
一つ目の「法則の発見」は、個別の経験からパターンを見つけるというような知恵の発展や、事象の間に法則性を見つけ、実際に経験していないこともある程度予測するということができるようになりました。
二つ目の「言葉や数といった抽象的概念の発展」ですが、人間の知性を記述する言語としての基本であり、これらがなければ知識を蓄えたりコミュニケーションしたりといったことが一切成り立たなかったでしょう。
このように抽象化を個別の知識や経験と組み合わせ、単なる「足し算」から「掛け算」にすることで、人類は飛躍的な発展を遂げてきました。
例えば、「数」における抽象化です。数の概念を抽象化することにより、自然数が「負の数」、「ゼロ」が整数を生み出し、別の流れで分数が生まれ、より汎用的なものとして進化してきました。
次に「お金」における抽象化です。もともと物々交換からはじまった経済活動も、魚や肉や野菜などの具体的な個別のものから、貝殻や石へ、さらにそれが金銀銅へ、またそれは紙幣といったものへ抽象化されていきました。そして、いまでは電子データにまで抽象化が進んでいます。またお金は価値や信用、あるいは貸借関係といった抽象概念の尺度や保存のためのツールにもなっています。
最後にエネルギーも抽象化による知の進化を遂げています。もともと別物として考えられていた「運動」「位置(高さ)」「熱」といった具体的なものを、「エネルギー」という目に見えない抽象化された概念を用いて、「エネルギー保存の法則」などさまざまな法則が生み出されました。
ネット+スマホ+SNSで加速される「断片的な情報」は思考力を低下させる
ネット+AIの時代には、個人が入手可能な情報量は飛躍的に増大し、図4の部分のすそ野の横幅は、AIからの補完で限りなく拡大します。
加えてネットやSNSの世界では、書籍や論文のような抽象度が高い情報よりも、断片的な情報が増えていき、縦方向の思考はますます浅いものになっていきます。これからはこれまで通りの縦方向の思考を続ける人と、縦方向の思考を放棄していく人とに大きく分かれていくと考えられます。
ではどんな場面で抽象化と具体化という縦方向の知的運動が必要になるのでしょうか。
一つめは、AIをはじめとするテクノロジーの飛躍的な発展によって「人間の中に知識を蓄積することが重視されなくなったとき」です。
知識等の情報量で勝負する場合、機械の方が人間より明らかに優っていることは明白ですし、現在のAIは特定の明確に定義された問題であれば最適な解を導き出すことも可能になっています。
このように、AIですら応用力を身につけ、人間の知能を凌駕する働きを見せているのに、特に日本人の価値観は、知識力重視の考え方から抜け出せていません。
「単に大量の事象を知っていること」はあまり大きな意味を持たなくなってきており、人間だからできる応用的な縦方向の考え方が求められているのです。
もう一つは、「細部の現象にとらわれてしまい、右往左往してしまっているとき」です。例えば、わたしたちは目の前に問題が発生すると、ついその「事象」の解決に躍起になってしまうものですが、一度ズームアウトした別の見方をすることによって、より本質的な課題解決につなげることができるかもしれません。
特に今のような変革期には、これまで当たり前と思っていた前提が大きく変化している可能性があります。その前提を吟味した上で具体的解決策を見いだしていく必要があるでしょう。
一例として職場のコミュニケーションのあり方について考えてみますと、コロナの前と後ではわたしたちの認識は一変してしまいました。オンラインでどのようにコミュニケーション不足を補うかといった課題に対し、具体的なツールの検討にすぐに入るよりも、ポストコロナ時代のわたしたちの職場に合った“よい”コミュニケーションとは何か、というように抽象度を一旦上げて問題の本質に迫り、そのうえで具体的な解決策を見いだしていった方が適切な方向を導き出せる確率が高いでしょう。
具体→抽象→具体という上下の縦方向の考え方を繰り返すことが今、とても重要となっているのです。
「抽象化」と「具体化」のプロセスと定義
では、抽象化するとはどういうことを言うのでしょうか。
同書から14つの抽象化作業をあげてみます。
●「まとめて1つにする」こと
(もっとも基本的な定義で、同じ属性を持つもの同士を1つにまとめて扱う)
●「線引きする」こと
(あるグループと別のグループの間に線を引く)
●「一言で表現する」こと
(膨大な情報量を短く集結して表現する)
●「都合のいいように切り取る」こと
(多くの属性の中から一部の属性を切り取る)
●「目的に合わせる」こと
(その場、その時々の目的により、表現や切り取り方が変化する)
●「捨てる」こと
(特定のものを抜き出すことは、不要なものを捨てているということ)
●「言語化・図解する」こと
(「言語化する、図解する」を言い換えると、それは抽象化するということ)
●「自由度を上げる」こと
(抽象度が上がり選択肢が増えることは、すなわち自由度が上がること。)
●「次元を増やす」こと
(自由度を言い換えた場合、次元という表現もでき、また変数ともいえる)
●「見えない線をつなぐ」こと
(事象間の関係を明確にすること)
●「マジックミラーを破る」こと
(具体の世界のみに生きる人には、抽象の世界は見えないが、抽象の世界が見えている人には、具体の世界も見ることができる。)
●「Whyを問う」こと
(原因と結果、手段と目的などの関係性のように、「なぜ?」が生まれる)
●「メタで考える」こと
(対象から離れてみることで、問題を解く前に問題そのものについて考える)
●「全体を俯瞰する」こと
(関係性やつながりを見つけて構造化するために、全体像を見る必要がある)
(同書、P93〜P117)
これらは、ビジネスの場面で様々に活用することができます。
例えば、部内においていろいろな課題が噴出してきたときに、同じタイプの課題をまとめてグルーピングし、それを「一言で表現」すると、問題の本質が見えてくるでしょう。
また、言葉にしづらいことをあえて言語化したり、図に書いたりすることで抽象度を上げることができます。一度図に描くことができれば、一つ一つの要素間に横たわる見えない線が見えてくることもあります。
あと、仕事のレベルがあがれば、「全体を俯瞰」してみることが重要だとよく言われますが、目の前の仕事から一歩引いて、客観的に視ることによってより大きな課題をとらえること、すなわち普遍的な課題を取り扱うことが可能になるでしょう。
これらの抽象化する作業は、マネジメントに携わる方にとって必須のスキルと言えます。
また、もしも、あなたがチームをまとめる立場にあって、細かい課題に右往左往されてしまいがちな方は、ぜひ一度ここに書かれている抽象化プロセスを意識して活用してみてください。
では、次に具体化する7つの作業をあげてみます。
●「自由度を下げる」こと
(選択肢や変数を絞り込んでいくため、自由度は下がっていく)
●「HOWを問う」こと
(具体化では目的から手段を考えるため、HOWが使われる)
●「引かれた線の中を詳細化する」こと
(抽象化は線を引き、具体化はその線の中で考える)
●「数字と固有名詞にする」こと
(問題解決の後半に実際に実行に移っていく段階では、より具体性があるほうが実現性があがる)
●「逃げ道をなくす」こと
(解釈の自由度を下げて具体化することで、逃げ道はなくなる)
●「違いを明確にする」こと
(抽象化は共通点を見つけること、具体化は相違点を見つけること)
●「横の力(知識や情報量)」が必要
(具体化をアウトプットしていくには、具体レベルにつなげるための情報や知識の量が必要になる)
(同書、P121〜P129)
具体化のプロセスは、おそらく読者のみなさんは得意なことが多いのではないでしょうか?
何かを決めるとき、細かい点を見つけ出すときには、具体化を行っていきます。
ここで重要なのは、「具体化と抽象化を行ったり来たりする」ということです。抽象化だけでもダメですし、具体化だけでもダメ。具体的な事象を集めたら、いったん抽象化して、また具体に落としてやるべきことを決めていく・・・、そんなプロセスが大切なのです。
コミュニケーションギャップを解消するためには
わたしたちは職場で、それぞれの思考のレベルや知識(経験)の量が異なることによって、さまざまなコミュニケーションギャップを引き起こしています。
例えば、ある人は抽象レベルの高い状態で話しているときに、別の人は具体レベルのままであれば、いつまでたってもお互いの理解は進みません。
このようなコミュニケーションギャップは「素人」と「専門家」にも同じように見られます。素人は大雑把に物事をとらえ、専門家は細かい網目で情報や知識を分析しているかもしれません。
ですから、コミュニケーションの相手が、縦と横のどこに位置しているのかを、あるいは「スタンス」の違いというものを、まずよく見極める必要があります。そのうえで、知識や経験が必要であれば教育をしたり、思考力をつけさせるようにトレーニングをしていくのがよいでしょう。
そして、不毛な議論をなくすには、抽象化するときに「何を切り捨てるのか」という前提条件を抽象派と具体派で明確にするとよいかもしれません。
言葉とアナロジーへの応用
このような具体と抽象を応用していけば、「言葉」や「アナロジー」にも当てはめることができます。
人類が抽象化によって生み出した最大最強のツールは数字やお金以上に、言葉です。そしてこの「言葉」は抽象化の強みも弱みもそのまま反映している反面、さまざまな誤解を生み出す「諸悪の根源」でもあります。
それは基本的な言葉一つとっても、私たちは異なる定義やイメージでとらえているためです。
アナロジーにおいても同じことがいえます。アナロジーとは「類似のものから推し量る」ことを指しますが、ここでいう「類似」は具体的な類似ではなく、抽象的な類似のことを意味しています。
そのため見た目の類似点ではなく、目には見えない類似点を探すことになります。つまりアナロジーを考えるということは、具体化と抽象化の応用の一つであり、思考のトレーニングになります。
具体と抽象をビジネスで利用するときのポイント
最後に具体と抽象の思考のトレーニングを行う上での使用上の注意について、とくに2つのことが重要だとしています。
1つ目は「座標軸を持つこと」です。コミュニケーションギャップを埋めるためには、「具体化や抽象化ができるかどうか」ではなくて、そもそも「具体と抽象という視点を持てるかどうか」そして「その中でいま行われていることがどこなのかをその軸上にマッピングできるかどうか」ということ」(同書、p266)なのです。
そしてここまでくれば、コミュニケーションギャップの問題は解決したようなものです。抽象化は、問題を発見するための位置付けとし、その問題を自分で解決していくことこそ、格好の具体化のトレーニングになるのです。
2つ目は「前提条件を明確にすること」です。都合のいいように切り取ってしまったことがコミュニケーションギャップの要因になるのであれば、これを回避するために、「どういう条件下で」「どのような目的で」といった前提条件をお互いに明確にすることが重要となります。
まとめ
細谷氏はこの抽象化という概念を「わかりにくい」としながらも、抽象度の高い概念を手にすることで、問題の本質を見いだし、周囲と思考回路を揃えていき、それがムダな議論を減らすことや新しいイノベーションにつながると期待しています。
またこのような具体⇄抽象を往復する思考を手に入れられれば、AIやロボットが生活に組み込まれていくこれからの時代に、「自ら能動的に考える力」としてAIを使う側の人間になり、人生を切り開いていける武器として使うことができるでしょう。
ビジネスリーダーは、具体的事象にばかり目が向いていないか、ぜひ意識してみてください。