時代とともにリーダーシップ論は大きく変遷しています。カリスマ性のあるリーダーだけでなく、新しいタイプのビジネスリーダーが必要とされており、中でも、自分らしさを大切にするオーセンティック・リーダーシップが注目を集めています。
多くのビジネスリーダーが愛読するマネジメント誌『Harvard Business Review』から、オーセンティック・リーダーシップの本質やデメリット・メリットを説いた論文を厳選したのが、『オーセンティック・リーダーシップ』(ハーバード・ビジネスレビュー編集部編 DIAMOND ハーバード・ビジネスレビュー編集部訳 ダイヤモンド社刊)です。
自分らしさを大切に組織をまとめるとはどういうことなのでしょうか。また、過度に自分のスタイルにこだわるとどういうことが起るのでしょうか。
リーダーとはどうあるべきか、という議論は絶えないテーマの1つです。このブログでは偽りのない自分を大切にするリーダーのあり方について、さまざまな論文の考察を元に学んでいきたいと思います。
【本書をとくにおすすめしたい方】
✅ 組織内のつながりの弱さを感じている
✅ リーダーとしての特性や資質を発見したい
✅ 会社(ON)と普段(OFF)との自分がかけ離れているように思う
✅ 自分らしさを大切にするリーダーシップのイメージがつかめない
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オーセンティック・リーダーシップとは
かつては組織の中で強くリーダーシップを発揮することが重視され、統率者の素質を備えていなければその役割につくのは難しいものでした。しかし、そうしたカリスマ性のある選ばれし者だけがリーダーになれるではなく、誰もがリーダーになれる後天的なものであるという考え方へシフトしてきています。
それは、時代が移り変わり、力強さだけではなく、情報や知識によるコミュニケーション能力・ネットワーク構築力が、リーダーの影響力の源となっているからです。
この20年近くの間、支援型のサーバント・リーダーシップやメンバーの主体性を引き出すフォロワーシップなど、さまざまな形で“強さ”を発揮できるリーダーシップのスタイルが生まれました。
リーダーの行動やメンバーとの関係構築に対する、WHAT(何を?)やHOW(どのように?)が注目を集めるなか登場したのが、オーセンティック・リーダーシップです。
オーセンティシティ(自分らしさ)をもっとも大切とするリーダーシップ論の提唱者の1人は、メドトロニック社元CEOのビル・ジョージ氏です。
激変する環境のなかで様々な意志決定をしていかなければならない中で、自分らしさはどのように手に入れられるのでしょうか。役職につき地位が高くなるほど、役割に合わせて自分はこうあるべきだという「べき論」で自らを武装してしまい、本当の自分を見失うことが多いのではないでしょうか。
しかし、そういうリーダーに本当の意味で人はついていくでしょうか?チームと共に同じ目標に向かって進んでいくために必要なのは、本当の自分に偽りなく、一貫性のある言動でメンバーの信頼を得ていくリーダーシップであると主張したのがビル・ジョージでした。
自己認識力の重要性
「人生を一軒の家にたとえてみよう。寝室はプライバシーに、書斎は仕事に、ダイニングは家庭に、居間は友人たちとの付き合いに対応する。さてここで、部屋と部屋との壁を取り払ったとしたら、あなたはどの部屋にいても同じ人間でいられるだろうか。」(引用:『オーセンティック・リーダーシップ』P38)
生活に一貫性があるかどうかは、リーダーにとって大きな課題です。表面的な振る舞いや体裁を気にした行動に、部下たちは心を揺さぶられることはありません。
自らの内面について深く考え、自己認識力を高めることは、人生において重要な選択肢を周囲に流されずに臨む強さにつながります。
自分らしさの大元となる価値観は、物事が順調に進んでいるときよりも、プレッシャーのかかる状況に置かれてみて初めてわかることも多いでしょう。
自分にとって本当に大事なものは何か、犠牲にしてもかまわないものは何なのでしょうか。昇進や報酬といった外発的動機の他に、自分の人生の意味・満足感を得るための内発的動機は何なのかを今一度考えてみましょう。
弱さを見せて自分をさらけだすことは非常に勇気のいることです。しかし、これまで無意識のうちに考えることを避けてきた自分自身をもう一度見つめ直すことは、自己認識力を高めるために必要なことです。
首尾一貫して自分らしさを保つ工夫
2000年代以降頻繁に起きている企業の不祥事は、多くのリーダーに成功の基準や方向性に対する不安を抱かせました。ビル・ジョージ氏は「自分の人間的価値を純資産で測るようになったら終わりだ」(引用:『オーセンティック・リーダーシップ』P48)と述べています。
特定の地位や資産の獲得といった外的な成功基準にとらわれていると、進むべき道を見失いがちです。仕事の成功はもちろんですが、自分の同僚や家族・社会にポジティブな変化を与える一個人としての成功とのバランスが取れていることが重要になります。
日々生活を送りながら、自己認識力を高め人生をコントロールする方法の1つとして、本書では「マインドフル・リーダーシップ」という訓練が紹介されています。
ストレスに満ちた環境のなかで自分の感情や感覚を認識し、他者にどんな影響を与えているのかを自覚するのです。
「心を平静にして目の前の一瞬を明確にとらえる」、このような日々の積み重ねが、自分の価値観から逸れて人生を歩むことを防ぐといいます。
欧米のトップリーダー達はプレッシャーから一度離れて、自らを振り返る時間を取るのに瞑想を重視していることは有名です。他にも日記の執筆やウォーキングなどさまざまな方法があり、毎日決まった時間を設けて、自分の感情や感覚に目を向けています。
正直さ重視の行動があだになるとき
オーセンティシティ(自分らしさ)はこれからの時代に必要なリーダーシップの形のひとつといえますが、ただ自分のアイデンティティを守り行動するだけでは、自らのリーダーとしての成長の妨げになりかねません。
本書では組織で新しい役割についたリーダー2人の失敗が挙げられています。1人目はヘルスケア関連組織のゼネラルマネジャー。
昇進後に部下が10倍に増え、統括業務の範囲も広がってしまい、気後れした彼女は、透明性と強調性を重視する自らの信条に基づき、不安な胸中を部下たちに打ち明けました。
その率直な行動は裏目に出て、自信に溢れたリーダーの就任を望む新しい部下からの信頼をつかみ損なってしまいます。
2人目はマトリックス組織の企業に買収された自動車部品会社の経営幹部の事例です。新しい組織では、意見を交わして総意の下に最終決定を下していた以前のスタイルとは異なり、自らをもっと主張するように上司からフィードバックを受けました。しかしそれは、彼にとって自分を偽るような気持ちにさせ、組織との不整合に悩んでしまい、力を発揮できなくなってしまったのです。
わたしたちは、居心地のよい場所から離れるとき、成果を上げたり期待に応えたりできるだろうかと自分自身に不安を感じるものです。
しかし、こうしたもっとも試される場面こそ、自分らしいリーダーシップを発揮する方法を学ぶ絶好の機会なのです。
すでに身につけている行動やスタイルにしがみつくために、「自分らしさ」を言い訳にせず、頑なに自意識が避けてきたことに向き合いながら、自分自身の成長を促していかなければなりません。
これまでの方法に固執してしまう状況
本書では、リーダーが今までの経験や行動に固執する状況には、以下のような場合であることを突き止めています。
⦁なじみの薄い職場に就いたとき
⦁ 自分のアイデア(と自分自身)をもっとアピールしなければならない立場についたとき
⦁ 否定的なフィードバックを受けたとき
(引用:『オーセンティック・リーダーシップ』P90~96)
新任リーダーにとって、最初の90日は非常に重要な時期です。信頼を築く前に弱みをさらけ出してしまったら、職務を遂行する能力があるのかという疑念を抱かせてしまうかもしれません。
その状況下では、ある程度の距離感を保ちながら親近感との絶妙な組み合わせを見つける必要があるでしょう。
また、新しい立場に立ったときには、まず組織内で自分の影響力を高めなければならないにもかかわらず、自分のアイデアや自分自身をアピールしなければいけない(≒「影響力」)状況になったとき、自分らしさを重視する人たちはそれを作為的な駆け引きだと感じて嫌悪しがちだといいます。とくに経験が浅く、自分自身が周囲にもたらす価値に自信が持てないとき、自分の意見を主張することに及び腰になってしまうのです。そうしたときには、自分の役割のフェーズが変っているのだと冷静に観察する必要があるでしょう。
そして、これまでと比べて重職に就いたり重責を担ったりするときに受ける否定的なフィードバックは、個人のスキルや専門性ではなく、部下への指導法や行動といったスタイルに焦点があたることが多いものです。これまでのスタイルで成功を納めてきたリーダーほど、自分がやってきた方法に固執してしまいます。しかし、これまでの自分のやり方が新しいポジションでも本当に有効なのか、もう一度問い直してみる必要があるでしょう。
オーセンティシティを保ちつつ自らを成長させる
人をその人たらしめている価値観や願い・夢は必ずしもよいものとは限りません。例えば批判がましく、高圧的な態度をとることがもっともその人らしいとしても、それを正直に出すことがオーセンティシティであり、最善なのでしょうか。
これが自分なのだから仕方ないという開き直りは誤った考え方です。リーダーは嘘偽りのない本当の自分こそ、気をつけて取り扱わなくてはいけません。
リーダーシップのアイデンティティは、状況が変わるたびに変更可能であり、また、リーダーとして成長するためにも変更すべきです。様々な状況でも自分らしさを失わずにいるには、状況に適応する観察力を養う必要があります。
直面している状況において、「何が適切かを見極める実験なのだ」と新しいスタイルを試していくのです。自分が何者かという枠を広げていくことは、自分がどうなりたいかに気付き、成長するきっかけになります。
「わたしが正しい」の罠に陥らないための対策
本書の第7章では、「これがわたしのやり方だ」という固定概念や、行動パターン・思考パターンを見直すには、信頼できる同僚の意見を聞き、そのうえで1人で振り返ることが有効だと述べています。
自分と一緒に仕事をしていて難しいと感じるところを同僚に尋ね、批判に対して後から1人だけの場所で反論する時間をつくるのです。正当化や弁解したかったことを、行儀の悪い言葉でも嘘偽りなく書き出します。声に出してそれらを読みあげ、反論している内容が本当の自分だといったん再認識してみます。
周りが困っている自分の行動や態度というものは、放っておけばまた繰り返してしまう可能性があります。しかし、それでは人間力に人がついてくるリーダーシップスタイルであるオーセンティック・リーダーシップは身につきません。
そうならないために自分ができる別の方法、別の態度、別の言葉遣いをあらかじめ考えておきましょう。
そして、もう一度本当のことを話してくれた同僚と会い、困らせたことや嫌な対応をしてしまったことについて率直に謝ってみるのです。そして、また同じことを繰り返してしまいそうになったら、先ほど考えた別の方法を採れるように意識していきます。
「正直なあなた自身が、あなたのリーダーシップスタイルの礎であることは間違いない。しかし、自然な自分を表に出す前に、自分はどんな人間であるかをしっかり見つめることが大切だ。」
(引用:『オーセンティック・リーダーシップ』P117)
わたしたちは誰しも、これまで慣れ親しんだやり方や言動を正当化してしまうものです。しかし、自らを進化させるためには、自分の欠点にも目を向け、受け入れ、修正していく必要があります。
そのようにして始めて、オーセンティックなリーダーになっていけるのです。
まとめ
リーダーシップ論の変遷を振り返りながら、オーセンティック・リーダーシップを体得し成長を遂げていくにはどうすればいいのかを紐解きました。「嘘偽りのない自分を追求する」とはいっても、それに固執せず「新しいスタイルを試してみる必要がある」など、その過程には矛盾が生じます。
しかし、それは自らをリーダーとして成長させるためのプロセスの一つなのです。
偉大なリーダーを真似たとしても、いずれ限界が訪れます。自分なりのリーダーシップ・スタイルを見つけ、自分自身を成長させていくために、誠実・真正なリーダーシップ「オーセンティック・リーダーシップ」のやり方を試してみませんか?