経営人材に今こそ求められる「実践哲学対話」

 企業経営において、今後のかじ取りの方向性を見極めていくのは非常に困難な時代を迎えています。しかし、これからの日本を支える企業の経営者(リーダー)たちには、このような状況の中でも、深い洞察力、明晰な思考力をもって果敢に意思決定をしていく力が求められています。困難な意思決定の場面で支えとなるのは、個々人が現実の人生の中から感じ取り、学び・深く洞察しながら作り上げた、その人自身の経営哲学(価値観)であるといえます。

 不確実性の高い経営環境の中にあって、意思決定の基盤となる“個の価値観”をつくりあげるために、この10年にわたって経営人材育成に取り入れてきた「実践哲学対話」のプログラムをご紹介します。

「実践哲学対話」とは

 個人の価値観を形成していくために有効な方法の一つに、哲学的な物事の考え方があります。古来より哲学の分野では、「世界とは何か」「真理とは何か」「己とは何か」「社会とは何か」といった根源的なテーマについて、様々な議論が繰り返され、哲学者たちがそれぞれ主張を展開してきました。こうして築かれてきた遺産を現代人の生活やビジネスに活かしていこうとする領域(実践哲学)が欧米で発展してきています。経験を重ねた「哲学プラクショナー」が“対話”を促進しながら、様々な根源的テーマについてグループディスカッションを行い、個人の気づきと思考を深めていくのが「実践哲学対話」です。

海外で展開されている「実践哲学対話」の事例

 実践哲学は、今日では学術的な哲学研究の一分野としても認められており、「世界哲学会議(World Congress of Philosophy)」のような世界的な専門学会にも常に分科会が設けられ、大学で正規の教育課程として認められているところもあります。また、各国に哲学プラクティショナーの協会やネットワークが設立されており、イギリスの「哲学プラクティス協会(SPP)」や「アメリカ実践哲学協会(APPA)」などが世界的に有名です。彼らは、学校教育や個人向けの他、企業向けにも哲学研修、実践哲学対話を促進しています。

 企業向けの実践哲学は、しばしば「哲学コンサルティング(Philosophical Consulting)」または「哲学コンサルタンシー(Philosophical Cosultancy)」と呼ばれ、展開されています。この分野の草分け的存在であるオランダのある企業では、哲学対話の一手法である「ネオ・ソクラティク・ダイアローグ(Neo Socratic Dialogue)」を用いて、企業や団体を「学習する組織(learning organization)」に変えることを標榜して活動しています。企業内で哲学対話を実施することにより、メンバー各自が自律的に考え、かつメンバーどうしがコミュニケーションをとりつつ“考える”文化を企業・団体内に醸成することを目的としてコンサルティングを行っています。また、経営理念やビジネス倫理などの研修とも結びつきながら、哲学コンサルティングは哲学対話を核として世界で発展を続けていますが、日本だけが取り残され、この分野では2周回遅れとまで言われています。

実践哲学対話(Philosophy for Buisiness)の効用  

 わたしたちは、10年以上にわたってビジネス分野で「実践哲学対話」を実践してきました。そこで気づいた実践哲学対話の効用には、次のようなものがあります。

  • テーマを設定して対話を重ねることで、自身の考え方に気づき、価値観の形成に役立つ 
  • 1つのテーマを多面的に捉え、深く考究する姿勢を身に付けることができ、思考力が向上する
  • 深く掘り下げて考えることによって、説明能力が増す
  • 心理的安全性があり、対話が生まれる組織を生み出せる
  • メンバーそれぞれの考え方をまとめて組織をよい方向に転換させる組織学習に繋がる

「実践哲学対話」を企業の経営人材育成に応用する理由

 経営は、組織を中核として行われる人間の営みともいえます。経営目的の合理的達成のために、組織には愛憎や共感と孤立といった「情緒性」が存在し、経営者は「協働における合理性」とのジレンマに常に直面しています。経営人材はその双方に対してしっかりした考えを持ち、組織を運営していくことが求められており、「実践哲学対話」がもたらす効用を最大限活用して、事業観の形成に役立てることができます。

(1)リーダーの人間観・組織観・社会観、そして事業観の確立に役立つ

 組織は人間によって成り立っており、事業は社会の中で行われるということは、一人ひとりの人間の「人生をいかに生きるか」ということと無関係ではいられません。経営人材は、まさに、この哲学的な問いに対して、理論的基盤を持つ必要があります。人間観のみならず、組織観・社会観について哲学的に洞察し、概念として鍛えたとき、経営職としての事業観が生まれると考えています。

 経営を担う人は、例えば次のような「問い」について考を深めておく必要があるのです。
・「社会」における「人間」とは
・人間の「幸福」とは何だろう
・我々が目指すべき仕事とは何だろう
・組織とは何だろう
・組織や人間を通じて経済的成果を高めるとは一体どういうことなのだろう
・自分にとって経営とは何なのか

 リーダー哲学養成講座では、これらの課題について考えるきっかけを与え、日常の表層的活動を支える考え方を形づくっていきます。

(2)グローバルで戦う“土台”としてのリベラルアーツを習得する

 欧米をはじめとする海外大手企業の経営職人材は、中学・高校時代から哲学クラスで勉強をし、大学院レベルで思考訓練を重ねてきている人が多いと言われています。海外でトップクラスの彼らとビジネスを展開していく際には、各種リベラルアーツの素養を身につけていることが求められます。現在、日本人マネジャーにはその基礎的な知識が不足していると言わざるを得ません。
 実践哲学対話の手法は、難解な哲学書を初めから学習する必要はなく、ビジネスと関連した身近なテーマを話題にしながら興味を引き出し、学習意欲を高めていきます。参加者は自然と哲学的な考え方に触れることへの壁が低くなり、みずから学習する姿勢が身についていくことになります。

これまでに実施してきた実践哲学対話テーマ例

 最大15名程度のグループで1回1.5時間程度の対話セッションを行います。対話の進行は、哲学プラクティショナーが行います。事前に難解な哲学書を読む必要ありません。企業人・生活人として話しやすい身近なトピックスを題材に対話を進めていきます

これまでに実施してきた対話のテーマ例には次のようなものがあります。

  1. 社会の中で企業が果たすべき役割とは何か 
  2. 組織の持続的な成長とは
  3. よい意思決定とは
  4. 人生において働くとは
  5. 幸福とは何か
  6. 権力とは何か
  7. 社員を動かす原動力は何か
  8. 自分にとっての経営とは何か

プログラムリーフレットはこちらから

  
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