いま、経済を取り巻く社会情勢は、先行きが全く読めない不透明な状態が続いています。そんな中でも、ビジネスではどのように立ち回るべきか迷いながらも、歩みを止めることはできません。はたして組織はどのように前進し、発展すればいいのでしょうか?実践コミュニティを作り上げ、相互の自律的な学びによって、不確実な状況にも機敏に対応できる強い組織を作りませんか?
コミュニティ・オブ・プラクティス(以下、実践コミュニティ)とは、「欧米で注目されているナレッジ・マネジメントのコンセプト」の一つです。
第1弾では、「実践コミュニティを育成するための7原則」を取り上げました。
今回は、実際に「組織でコミュニティを作るためのポイント」について、掘り下げていきます。
こちらの記事は以下に当てはまる方におすすめです。
✅ 不確実な経済状況の中で、自ら考え行動できる人材育成の仕方を模索している経営者の方
✅ 組織の中で自分自身をどのように成長させていけばよいのか悩んでいる方
✅ 組織の活力を高めたい人事や人材育成のご担当者
組織が「コミュニティを育成する際には、集団を組織するだけでなく、それが属する組織そのものを変容させること」を考えなくてはなりません。(引用:『コミュニティ・オブ・プラクティス』エティエンヌ・ウェンガー他著,翔泳社, P276、 以下同書)
実践コミュニティが十分な価値を実現できるのは、組織内部に十分に組み入れられ、活気づいたときです。
実践コミュニティを作っていくには、その活気からメンバーの情熱と参加をさらに引き出せるような自律的な知識推進活動を設計する必要があります。なぜなら、組織がコミュニティを作る目的は、その情熱を組織の持つ資源や力と結びつけ、コミュニティが単独で実現できる成果以上のものを生み出すことだからです。
では、組織はどのようにコミュニティを核とした知識推進活動をつくっていけばいいのでしょうか。
「実践コミュニティを組織で育成するための7原則」
「実践コミュニティを育成するための7原則」を組織レベルに当てはめた場合
まず、活気のあるコミュニティを育成するためには7つの原則があります。
一. 進化を前提とした設計を行う
二. 内部と外部それぞれの視点を取り入れる
三. さまざまなレベルの参加を奨励する
四. 公と私それぞれのコミュニティ空間を作る
五. 価値に焦点を当てる
六. 親近感と刺激とを組み合わせる
七. コミュニティのリズムを生み出す
(同書、P95)
この7原則を、組織レベルに当てはめて考えてみましょう。
一. 進化を前提とした設計を行う
最良の方法は、コミュニティの設計は最小限にとどめ、まず行動を起こし、それがどのような反応を引き起こすかを見て、構造を作っていくことです。融通が効かない組織を先につくるのではなく、コミュニティが向かっていきそうなあらゆる方向性を想定し、コミュニティ自身が知識を発見し、形作る動静を見守ることが必要です。
こうすることで、ムダで不確かな設計変更に時間をとられることなく、ニーズに合わせてコミュニティを効率的にカスタマイズしていくことができます。
二. 内部と外部それぞれの視点を取り入れる
知識推進活動を成功させるためには、「コミュニティに潜在能力を発揮させるようなビジョンと能力を持ったリーダーを、コミュニティ内外に公式および非公式な形で分散して持つような構造」(同書、P278 )が必要です。
特に内部には、コミュニティのあり方と事業戦略を整合させるチカラとビジョンを持ったリーダーの存在が欠かせないでしょう。
三. さまざまなレベルの参加を奨励する
「組織レベルでは、組織全体でさまざまな役割を果たしている人々から、関与と指示を取りつけなければ」(同書、P279 )なりません。なぜなら、「コミュニティの最大の価値は、部署を超えてチームを結びつけることによって、他の方法では発見できないようなアイデアや解決法の創出を促すことにある」(引用 同書、P279)からです。
そのために、メンバー同士の非公式な結びつきを奨励しつつ、メンバーがコミュニティのサポートをしようと思えるような体制と方針を設計しなければなりません。
四. 公と私それぞれのコミュニティ空間を作る
組織全体で行われる知識推進活動において、メンバーが学習したい、コミュニティで関係を築きたいという「非公式な」私的願望と、成果を求める組織の公的な要求が組み合わさることで活気が生まれます。
したがって組織は、個人の情熱と組織の要請とがうまく調和するように留意する必要があるでしょう。
五. 価値に焦点を当てる
組織は、どのようにしてコミュニティがその価値を組織全体に提供しているかを各ビジネスユニットのリーダーに示す必要があります。
なぜなら、ビジネスユニットのリーダーたちは自分の大事な部下をコミュニティに参加させなければならないからです。その価値についての理解を深めてもらうことが不可欠となります。
六. 親近感と刺激とを組み合わせる
コミュニティレベルでは、「親近感」が率直な話し合いを促し、「刺激」がメンバーの関心を引きつけます。
組織においても同様に、慣れ親しんだ組織文化を元にして、適度な刺激を与えながら変革していく方法が望ましいといえます。一気に組織全体を変革させようとすることは困難です。組織文化を大きく変えるのに5年以上かけた例もあるほどです。小さな規模から文化変容を促すことで知識推進活動をより発展させることができます。
七. コミュニティのリズムを生み出す
知識推進活動を進めるにあたって、「コミュニティのメンバーやその上司やスポンサーに過度の負担をかけることなく勢いを持続」できるような、適切なペースを見極めることが大切です。
例えば、コミュニティ活動を一年間実施してみて正式な予算を割り当てたり、その活動の貢献度を評価体系に組み入れたり等、組織への組み入れに適当と思われるリズムを忘れないことです。知識推進活動が自然なリズムで勢いづくと、メンバーは自発的に意欲を持ち、強制されている感じがなくなりますし、知識推進活動の受け入れ方が違うメンバーの間で参加への関心が高まってくるでしょう。
以上が、組織で活気あるコミュニティを育成する際に留意する点です。これらを念頭において、実際にコミュニティをつくっていくにはどのようにしたらよいかを段階ごとに考えてみることにしましょう。
組織内でコミュニティ主体の知識推進活動が進化する段階
コミュニティを核とする知識推進活動は、コミュニティの成長を促すことに重点をおいている点で、従来組織で行われてきた小集団活動とは異なっています。
コミュニティ主体の知識推進活動は、準備・立ち上げ・拡大・統合・変容の段階を踏んで進化していきます。
第一段階:準備
まず、現状を把握し、どういった分野で知識推進活動を行い、事業を発展させていくべきなのかをしっかりと考えることが重要です。この段階で、「推進活動を組織の事業戦略と強く結びつけ」(同書、P284)ることが必要です。マネジャーや実践者の意見を聞くなどして、自社独自の活動の方向性を見いだしていきます。企業によっては、戦略的能力が不足している分野を特定する場合もあれば、その企業の際立った力を象徴する分野を特定する場合もあるようです。
また、活動を開始するにあたって、企業の戦略目標を達成するために必要な能力をはっきりと示すことができれば、実践コミュニティ活動の必要性を周りが理解しやすくできるでしょう。
ITツールは必須事項ではないものの、それらを組織の習慣に合わせてアレンジすることで活動しやすく、利便性が高くなれば多くの利用者が見込めるので、ITツールの利用も念頭に入れておきます。
例えば、コミュニティの存在を明らかにし、その活動について説明するためのサイトページを作成したり、オンライン・ディスカッションルームをつくる、検索可能な知識データベース、研究報告書などを集めたレポジトリー、メンバーの研究成果や専門分野を紹介する会員名簿などが考えられます。
第二段階:立ち上げ
いよいよコミュニティを立ち上げる際には、その方法を慎重に考えます。大々的に社内に実践コミュニティ活動を発表するよりも、最初は目立たないアプローチで経験から学んでいき、初期の成果や口コミを利用して関心を高めていく方が、関係者の初期のプレッシャーも少なくて済む場合が多いようです。
ボトムアップ型で立ち上げるのか、トップ主導で立ち上げるのかによっても、立上げの社内発信の仕方は異なってくるでしょう。欧米各地に本拠地を置く世界最大のオイルフィールド・サービス企業シュルンベルジェでは、18ものコミュニティをトップダウン型で立ち上げた例もあるそうです。トップダウン型であれば、大規模なワークショップ・社内報・プレスリリースなども考えられます。
一方、ボトムアップ的に立ち上げられるコミュニティは、パイロットケースとして様々な経験から学んだ上で、組織全体へとその活動領域を広げていくことができます。ボトムアップ型は、そもそも自発的なエネルギーとやる気を保持していますので、それをいかに維持しながら組織的な活動に高めていけるかがリーダーの役割になってきます。
いずれにしても、トップの関与や支援は欠かせませんので、リーダーはトップとの意思疎通がかかせません。
第三段階:拡大
準備と立ち上げが整うと、コミュニティを拡大させるプロセスは、「トップダウンの指令や奨励と、ボトムアップの自発的な行動や反応がさまざまな形で組み合わさることによって、勢いを増して」(同書、P291)拡大させていく段階に入ります。
コミュニティを拡大させるためには、この拡大していくプロセスを企業のナレッジ・システムに統合していくことが不可欠です。
「ナレッジ・システムを統合するにあたっては、コミュニティの境界がこのシステムの中で果たす役割を理解することが大切」(同書、P292)だといわれています。なぜなら、コミュニティの境界には新たな知識が存在しており、境界に存在する新たな知識をどんどんと増やすことが知識推進活動の本質だからです。
例えば、社内でナレッジ交換のような相互交流の機会を設けて、境界にある「知の共有」をはかったり、コミュニティメンバーが境界を越えて人々やアイデアを結びつける触媒の役割を果たしてもらう仕組みを作ることがあげられます。
第四段階:統合
このように拡大していく知識推進活動は、次第に組織に統合されます。
統合とは、コミュニティは組織に必要だと認めるだけでなく、日々の様々な活動に学習を組み入れていくことに他なりません。例えば、生産性向上に必要な技術の進歩について、特定の担当者が学習するだけではなくチームでよりよい解決方法を見つけ出すための学習行動等に広がったり、人材育成について最新の知識を取り込んでよりよい方法を考えたりなど、社員の自発的な行動が起きてくればコミュニティ活動が組織に貢献している状態と言えるでしょう。
コミュニティ活動が成果を上げるには、この段階になってくるとある程度の制度化は必要となってきます。例えば、コミュニティと企業内大学・研究開発部門との連携をさせるなどして、既存の部門との統合を図ります。ダイムラークライスラーでは、新入りのエンジニアは、テック・クラブというコミュニティに参加して、先輩社員たちの問題解決セッションの様子を見学しながら基本的なスキルを補っているそうです。そこでは最新の技術や複雑な問題解決が話し合われており、初めはなかなか体系化できないものが、次第に明確化・体系化されてくると「研修部門がその知識を引き継いでいく」、ということが行われており、暗黙知が実践知として組織全体に形になって広がっていきます。
このようにしてコミュニティの価値が明確になってくると、制度として組み込まれていきますが、ここで重要なことは、メンバーの自発性の芽をつまないようにうまくバランスを取ることです。コミュニティに必要なのは、メンバーの熱意であり、自分のために、また、組織のために自ら進んで知識資源を獲得したいと思わせることが大事であることを忘れないでください。
前述のダイムラークライスラーのような事例では、「では、コミュニティのメンバーが、技術の研修講師として教えてください」となりがちですが、そうした負担はメンバーの熱意を下げてしまうことが往々にして起りがちですので、注意を要します。
第五段階:変容
知識推進活動が組織に統合されて事業の推進力となれば、コミュニティによって組織全体を変容させていくことが可能になります。
日常的に学習とイノベーションが組み込まれるようになると、常に変化している外部環境に適応し、変容できる組織をつくることができます。
こうした事業運営の中心的な機構としてのコミュニティ開発を維持発展させていくには、不断のケアとサポートも必要となってきます。
組織においてコミュニティを維持・発展させるために必要な取り組み
以上の五段階と並行して、コミュニティを維持・発展させるためには、社内実践の方法を確立することと、経営陣や利害関係者の支援を継続させていくことに取り組まなければいけません。
この2つの取り組みの具体的内容は、以下の通りです。
実践コミュニティを維持・発展させるための支援チームの拡充
コミュニティに潜在能力を最大限発揮させるためには、支援専用のユニット(サポートチーム)を作って実践内容をとりまとめて伝えていく役割やサポートを担い、コミュニティへの認識や発展、より広範なナレッジ・システムとの統合を継続的に促す必要があります。
コミュニティの利害関係者と経営陣から受ける支援の増幅
「経営陣の支援を育むためには、まず推進活動の成功を左右する利害関係者や、推進活動に資金と指導を与えるスポンサー」を特定し、彼らの期待に働きかける必要があります。
そうすることで、利害関係者やスポンサーは、コミュニティを核とした知識推進活動の立ち上げを手助けしてくれるようになり、経営陣の支援も得やすくなっていきます。
新任の役員などの上層部からは、「なぜ自分の時間を使ってまで、この活動に従事しなければならないのか」「よその部門を本当に助ける必要があるのか」といった社内政治の問題が浮き彫りになることもおきるでしょう。コミュニティを核とした知識戦略は、組織が変容するプロセスであることを認識してもらい、こうした課題に上層部が向き合い、組織を発展させていくことの意味を理解してもらうように働きかける必要があります。
まとめ
本来、組織はコミュニティの育成をサポートします。ですが、そのコミュニティに組織が育てられることで組織は変容します。
「実践コミュニティの価値は、知識資源を経営に活かすことにとどまらず、この変容力を持つ経済の中で組織が成功するのを助けること」(同書、P310)にもあります。
実践コミュニティは直面するさまざまな脅威や機会に適応し、組織を助けてくれるでしょう。
ですから組織は、目に見える資産同様にコミュニティから得られる人脈や知識の価値を評価する必要があります。知識は組織のメンバーが共有できるので、メンバーにも恩恵をもたらします。貴重なスキルや知識を持つメンバーには、名声が与えられ、組織への帰属感を与えます。また、メンバーは一度得た専門的な知識を将来にわたって最大限に有効活用でき、さらなる成長を目指していくことができるでしょう。
しかし、知識推進活動には多くの困難を伴います。ですが、成功すれば多くの利益を組織と個人の両方にもたらします。
組織のメンバーすべてが貴重な資産となりうるのです。
『コミュニティ・オブ・プラクティス』を参考にして、コミュニティが持つ可能性に注目してみてください。