「ものづくり白書2020」で注目を集めた「ダイナミック・ケイパビリティ論」。今日、「ダイナミック・ケイパビリティ」を備えた意思決定が経営者に求められています。なぜなら、不確実性が高く、先行きが不透明な現代において、「何が起こっても対応できる組織体制」を構築していく必要があるからです。ここでは、「ダイナミック・ケイパビリティ」とはどういうものなのかについて説明し、それをどのように組織変革に役立てていくことが出来るのかを見ていきます。
〇こういった方にオススメ
☑ 変化の激しい時代に企業はどのように変化していけば良いのか知りたい
☑「ダイナミック・ケイパビリティ」を実践できるレベルまで深く理解したい
〇このコラムで分かること
☑ 経営戦略論として「ダイナミック・ケイパビリティ」が注目されるようになった背景
☑「ダイナミック・ケイパビリティ」を実践活用する上で役に立つフレームワーク
目次でさがす
はじめに―ダイナミック・ケイパビリティとは―
ダイナミック・ケイパビリティとは、カリフォルニア大学バークレー校の教授であるTeece(ティース)によって提唱された戦略論であり、ものづくり白書2020においては「環境変化に対応するために組織内外の経営資源を再結合・再構成する経営者や組織能力」と説明されています。つまり、ダイナミック・ケイパビリティとは「世の中の変化に合わせて社内・社外にある能力をうまく組み合わせる能力」のことを指します。不確実性が高まり続け、新型コロナウイルスといった予想外の事態にも直面する現代において、「変化・危機を敏感に感知し、適切なタイミングで組織を変革できる企業」になるために役立つ戦略論といえます。
経営戦略論(ダイナミック・ケイパビリティ)の系譜
まず、ダイナミック・ケイパビリティ論が注目されるようになった背景について触れていきます。
1980年代に、M.ポーターが「競争戦略論」を打ち出し、顧客が抱く自社製品・ブランドのイメージを競合他社のものと比べ相対的に高めることが重要であると主張しました。M.ポーターは、同業市場において独自の立ち位置を確保することが競争優位につながるとし、これは「ポジショニング・アプローチ」として知られるようになります。しかし、同業市場にて同一のポジショニングをしているにもかかわらず、異なる戦略的行動を取った複数企業が成功していることから、ポジショニング論は批判を多く受けることになりました。
そこで、1990年代になるとB.バーニーが取り上げた「RBV(Resource Based View:資源ベース理論)」が注目を集めます。これは、人材や生産設備、組織能力、ルーティンなど企業が独自に持つ内部資源・ケイパビリティが競争優位の源泉であると主張するものであり、ダイナミック・ケイパビリティのベースとなる概念です。バーニーは価値(Value)、希少性(Rare)、模倣困難性(Inimitability)、組織(Organization)のVRIO理論を打ち出し、これらを有することで持続的な競争優位を獲得できるということを示しました。
ただ、2000年代に入ると、RBVも次第に批判を受けることになります。企業の短期的な競争優位については説明が可能なものの、長期的にはそのような資源や能力が逆に硬直性を生み出すことが問題視されるようになったからです。これは、不確実性が高く、産業構造が劇的に変化する時代において、優れた内部資源を持っていても、それに固執してしまい、変化に適応できず淘汰・破壊されてしまった企業が多く見受けられたことが背景としてあります。詳しくは、C.クリステンセンの「イノベーションのジレンマ」で知られるところになります。(『イノベーションのジレンマ』翔泳社, 2001)
そこで、環境の変化に適応し、競争優位を獲得し続ける為に「ダイナミック・ケイパビリティ」という概念が注目され始めました。未来の機会・脅威に対する機敏性を維持し、それに合わせて内部資源(組織デザインやルーティンなど)を再結合し続けることが、絶え間ない進化を生み出すことができるからです。
デジタル化やグローバル化が進行し、不確実性や環境の変化はより一層激しくなっていきます。どんな環境の変化が起こっても、柔軟に対応できる組織、つまり、ダイナミック・ケイパビリティを備えた組織づくりによって競争優位性を維持し続けようとする考え方です。
ダイナミック・ケイパビリティを実践に繋ぐには
上記で触れたとおり、組織能力や自社資源を必要に応じて再構成し続けることが不確実性の時代に生き残る鍵となります。Teece(ティース)は、ダイナミック・ケイパビリティを具体的に3つの能力に分解し、実践活用していく上で有効なフレームワークを生み出しました。ここでは、ダイナミック・ケイパビリティを構成する枠組みと、その活用プロセスについて具体的にみていきます。
ダイナミック・ケイパビリティ 3つの枠組み
ダイナミック・ケイパビリティは、感知(センシング)、捕捉(シージング)、再配置(リ・コンフィギュレーション)の3つの枠組みに分類できます。これらは、意思決定する経営者が3つの枠組みを通してどのようにケイパビリティを生成・進化させていくかという経時的なプロセスを示しています。情勢の変化を読み取り、組織資源を必要に応じて結合させながらケイパビリティを進化させていく方法が示されています。
- 感知(センシング)
環境変化による新しい事業機会を感知し、フィルタリングして分析を行います。具体的には社内で研究開発を行ったり、マーケティング調査を行ったりする活動です。しかし、この活動には、経営者層のビジネス環境に対する洞察力が強く求められます。
- 捕捉(シージング)
センシングで見つけた事業機会に対して、それに適した組織の最適化を行います。ビジネス・モデルや内製・アウトソーシングの境界を選択するなど、変えるべきことと変えないことを経営者層が判断していきます。
- 再配置(リ・コンフィギュレーション)
組織構造を組み替えたり、有形・無形の資産が有効に使えるように社内ルールを変えたりなど、企業を変化に対応できる状態へと経営者が最適化するプロセスです。
ダイナミック・ケイパビリティを実践するには
下図は、ダイナミック・ケイパビリティにおける3つの枠組みを実践につなげていくためのフレームワークを表しています。
感知(センシング)では、環境の変化を感知して事業機会の探索に転じていくために、経営者の組織学習の必要性が重視されています。イノベーションによる R&Dや新技術の選択を行うプロセスでは、経営者層の事業機会の環境認識能力が極めて重要になります。そこでは直観が果たす役割が大きいことも指摘されています。それは、現場に密着している顧客やサプライヤーを通して、情報を得る組織プロセスから生みだされるかもしれません。こうした外部組織との関わりの中で事業機会の探索が促進されることもあり、様々な関係者を通じたオープン・イノベーションを起こしていきます。
捕捉(シージング)では、企業構造やインセンティブシステムなどをデザインすることの必要性が示されています。この段階では、持続的に成長するための新たなビジネス・モデルを選択したり、そのアライメントが不可欠になります。また、意思決定プロトコル(手順)をつくっていくには、従来の日本的な官僚的意識決定でなく、創発的なものであることが望ましいといわれています。
そして、企業価値を最大化していくために、外部組織との補完的な協働を実現する必要があります。補完者と相互依存的なエコシステムを形成していくうえでは、明確に企業境界の選択をする必要があります。ただ、自社の収益性の高い事業に依存し、自社最先端の技術をライセンシングすることは、確立しているケイパビリティや競争優位性を排除してしまう可能性があるので、それらを見極める力が求められます。また、経営者が強力なリーダーシップを発揮しながら、メンバーの組織へのロイヤリティとコミットメントを高め、学習する組織に進化させることも重要です。
再配置(リ・コンフィギュレーション)では、組織がもつ競争優位な資源であるケイパビリティを結合・変化させ、持続的な進化を生み出していきます。
企業は規模の拡大に伴って分権化が必要になりますが、分権化は組織能力を分断する可能性もあるため、組織が強い自律性を持つためにはガバナンスとナレッジ・マネジメント体制を整えることが不可欠です。また、環境の変化に対して、必要な時には外部の資源と自社資源を結合させ、プラスの化学反応を起こすこと、つまり共特化を行うことで組織は創発的な成長を遂げることが出来ます。
環境変化に強く、ダイナミック・ケイパビリティを備えた組織となるためには、経営者はこうした3つの枠組みそれぞれに必要な施策を立案・実行に移していかなければなりません。経営者自身が学習し続け、機会を感知・探索し、マネジメントを通して組織を変容させ続けることが求められているといえるでしょう。
まとめ
本コラムでは、「ダイナミック・ケイパビリティ」という概念の説明、そして経営者が理解すべき3つの枠組みについて触れました。日々変化する市場に遅れを取らないためには、外部環境を分析・感知し、状況に応じて内部資源を変化させ続けなければならず、それをマネジメントする経営者には大きな責任が伴います。経営者がリーダーシップを発揮して、「有事にも強い組織づくり」をめざす姿勢を示すことがダイナミック・ケイパビリティを高めるための第一歩といえるでしょう。