支援を伴う部下との関係は、組織運営には不可欠です。企業においてマネージャーが行う支援とは、部下の役に立つことであり、部下にもそう思ってもらえる行為のことです。つまり、部下が何を求めているかを知る必要があるのです。『人を助けるとはどういうことか(著:エドガー・H・シャイン、英治出版、以下同様)』では、クライアントの自律性を尊重しつつ、クライアントがうまく問題解決するプロセスを支える方法が記されており、支援者がクライアントにどのような支援行為をすればいいかを説明しています。支援者をマネージャー、クライアントを部下と読み替えれば、本書を参考にして、マネージャーが部下へ行うべき支援方法を知ることができるでしょう。
こちらの書籍は以下に当てはまる方におすすめです。
✅ 部下を育成する立場にあるマネージャー
✅ 社員同士の関係をよくしたい経営者
支援というと一般的に、支援を受ける側が支援者に依存した状態になり、感情的、社会的に立場が一段階低い立場にあります。ですから、支援者は、支援を行うことで地位と権力を得て、高い立場になってしまうことが往々にして起きます。しかし、マネージャーが部下を支援するプロセスにおいて、当初から存在する不均衡を認め、それに対処することで支援は成功する確率を高めることができます。
部下が陥りやすい感情的な反応
部下は支援を求めたとき、迷惑じゃないか、けなされたりしないかと不安に感じるものです。マネージャーがその不安を認識していないと、支援が機能不全になりやすいでしょう。それでは、考慮すべき部下の反応にはどのようなものがあるでしょうか。
マネージャーに対する信頼度
部下は、マネージャーが自分を手助けしたいと思っているのか、またマネージャーに支援するだけの能力があるのか疑って、真の問題を隠す場合があります。ですから、マネージャーは、急いで解決に向かうのではなく、部下が投げかけた問題に助言や指導を行いつつも、真の問題は何か探らなければなりません。
マネージャーへの依存心
マネージャーと問題を共有できて、安堵した部下には、マネージャーへの依存や従属を歓迎する感情が現れます。マネージャーへの依存状態が強まると、部下が主体的に行動することが困難になります。しかし、支援の大半の状況では、次に問題が生じたときは部下自身で解決できるようにしてやることが目的の一つです。よって、支援は部下に依存心を持たせないように”励ます”関係が理想的です。
支援を求めながら実際は違うものを求めること
部下が、支援を求めながらも注目や安心感、妥当性といった別のものを望んでいる場合、マネージャーは安直に部下が求める解決方法に応じてはいけません。部下が満足したとしても真の意味での解決にはならず、正しい支援とはいえないからです。この場合マネージャーは、部下が何を求めているか考え、適切な支援が見つからないなら、部下が劣等感を抱かないように説明をしながら、支援を諦めることもあり得ます。
不適切な支援をするマネージャーに憤慨したり防衛的になること
部下は、不適切な指導をしたマネージャーを見くびったり、面目を失わせてマネージャーと対等な立場に立とうとすることがあります。ですが、マネージャーの立場を落とすことで対等になる関係は望ましくありません。むしろマネージャーが支援することによって部下の立場を向上させるように導いていくことが望ましいのです。
マネージャーに自分の理想を当てはめること
部下が過去に出会った支援者を基準に今のマネージャーの能力を判断することがあります。マネージャーが行った支援自体を評価するわけではありません。過去にどんな支援を受けてよかったと感じているのかを、探ってみるのもよいでしょう。
マネージャーが陥りやすい感情的な反応
助けを求められた支援者は自動的に上の立場になり、優越感を得ます。しかし、適切な支援を行うためにはこの感情に左右された対応をしてはいけません。不適切な支援につながるマネージャーの対応には以下のものがあります。
真の問題を理解せず早急に答えを与える
時期尚早に助言してしまうと、部下の立場はより低くなります。さらに、マネージャーは部下が本当に求めているものが何かを考えることもできません。
否定的な態度をとる部下に圧力をかける
マネージャーは、部下が本当に支援を望み、与えられた助言に従うものだと思いがちです。したがって、予想と違った展開になったからといって、部下が理解するまで説得し続けると部下は戸惑います。さらにマネージャーが部下に見切りをつけたりすると、最終的には人間関係にも悪影響を及ぼすでしょう。
すぐに支援の手を差し出し部下を依存状態にすること
マネージャーが、部下に適切な支援ができるかもわからないうちに支援をはじめると、部下はマネージャーに依存して、機能不全になります。支援では部下の自主性を損なってはいけません。解決策を考える上で部下が問題に積極的に参加させる必要があるのです。
部下が何を言っても同情して安心感を与える
むやみに同情をしてしまうと部下の地位を下げたり、マネージャーの権威が強くなり過ぎてしまいます。さらに、部下がマネージャーに伝えた内容が正確とは限らないので不適切な支援となってしまうかもしれません。
支援する役割に消極的になる
マネージャーが陥りやすい感情的な反応を危惧するあまり、マネージャーが支援を避ける可能性もあります。マネージャーの消極的な感情は部下に伝わり、マネージャーとの間に距離を感じ、今後の支援関係にも影響を及ぼすのです。
また、部下の真の目的を解決するためにマネージャーが自分の見解を改める必要があるときにも、マネージャーは支援することを避けるようになります。自分の見解を変えることは優位な立場を諦めることにつながるからです。
部下に自分の経験を当てはめること
部下と同様に、マネージャーも過去の経験から影響を受けます。過去に支援したケースと似ていれば同じ対応をとるかもしれません。しかし、適切な支援とは、部下が本当に求めるものを知ることからはじまります。マネージャーが予測して支援方法を見つけるのではなく、まずは部下が何を必要としているかを聞き出し、共同で解決策を見つけていくとよいでしょう。
マネージャーに必要な情報とは
マネージャーはまず、部下の地位を高めて適切な役割を果たせるように支援関係を管理する必要があります。しかし支援関係の管理は難しく、前述したように支援を求められるだけでマネージャーの立場は優位になりがちです。また自分からの支援を部下が受け入れないとマネージャーは不満を感じ、部下に否定的な感情を持つようになります。
従って、適切な支援にはマネージャーによる人間関係の調整が不可欠なのです。バランスのよい支援関係を築くためには、マネージャーが役割を選択して部下に明確にしなければなりません。では、どうやってマネージャーは自分の役割を選択すればいいのでしょうか。
「どんな支援関係でも、はじめのうちは適切な役割や公平さのルールが本質的に曖昧」(同書、P90)なものです。マネージャーも部下も支援関係に必要な情報すべてを把握できていません。明らかなのは、はじめは部下が不利で、マネージャーのほうが有利な立場にあることです。よって役割を選択する上で、不均衡な立場を是正するために支援関係がはじまった時点で以下の必要な情報を集める必要があります。
部下の支援に対する理解力
マネージャーは、支援に関する情報や助言、質問を部下が理解できるかどうかを把握します。
部下の支援への遂行力
部下がマネージャーの「提案に従えるだけの知識やスキル」(同書、P92)を有しているかを知っておくべきです。
部下が秘めている真の動機
部下が支援を求めるとき、根底にあるモチベーションこそがマネージャーにとって「最大の無知の領域」(同書、P92)となります。その動機を探る必要があります。
部下がおかれている状況
マネージャーと部下との支援関係には、部下の根っこにある考え方や、家庭などの日常生活の状況が影響を及ぼすことを念頭に置く必要があります。
部下が過去の経験から支援に対して抱いている感情
部下が悪い先入観をもって支援に臨むと、円滑に支援を行うことが困難になるでしょう。
マネージャーの役割
マネージャーである支援者の課題は、「必要な情報がうまく流れるように促すこと」(同書、P97)です。
それでは、情報を得たマネージャーはどのような役割を選択するのでしょうか。支援を求められてただちに応える場合、支援者が支援を行う方法には基本的に三通りあります。
1.情報やサービスを提供する専門家のような役割
2. 診断して、処方箋を出す医師のような役割
3.公平な関係を築き、どんな支援が必要か明らかにするプロセス・コンサルタントの役割
(同書、P98)
専門家としての役割
支援と聞いて想像するもっともオーソドックスな役割です。部下はさまざまなレベルの専門的な情報をマネージャーに求めます。この役割の本質は、「支援者の力とはクライアントの状況を好転させるための知識やスキルに基づくもの、という点」(同書、P100)にあります。部下が問題を正しく分析し、マネージャーと話し合い、マネージャーの能力を評価した上で、専門家としての役割を果たせば適切な支援になる可能性があります。しかし、先に述べた前提として必要な情報が損なわれると専門家としての役割はうまく機能しません。また、マネージャーがたくさんの専門的な知識を部下に与えすぎると、本当に必要な支援がどれかわからなくなり、無気力に陥ります。専門家としての役割は初期の段階で一気に出すのではなく、もっとも効果的な段階を見極める必要があります。
専門的な知識を有して改善策を処方する医師のような役割
これは、専門家としての役割を拡大させて診断や処方、治療も行う、さらに強い立場にある役割です。部下は主体性を失い、マネージャーに依存する危険のある役割ともいえます。それだけではなく、マネージャーが専門的な判断を下して部下の行動を決定してしまうので、部下の真の目的と大きくかけ離れてしまう可能性もあるでしょう。結果として部下は支援内容を否定するようになるのです。このような悪循環を防ぐためには、マネージャーが部下の真の目的を的確に理解できているかに注意しなければいけません。部下が問題を素直にマネージャーに伝えるのは、信頼関係が築けたときだけだからです。また、マネージャーから改善策を処方され実行した結果、支援を阻害するような新しい感情が部下に起こることもあります。
さらに、マネージャーが専門的な知識を持って改善策を考えるので部下の個人的な要素が反映されにくく、部下にとって受け入れがたい支援となるかもしれないということに注意が必要です。この役割は、部下がマネージャーに対して支援の助力となるように信頼して問題を素直に伝え、提案された改善策を忠実に実行し、結果を助けになったと理解し受け入れることができれば、成功といえるでしょう。
プロセス・コンサルタントとしての役割
プロセス・コンサルタントとは、「支援の必要な内容や問題ではなく、支援を与えたり受けたりする行為をはじめ、人と人がかかわるプロセスに焦点を当てる」(同書、P99)役割のことで、支援関係に必要な情報を考えたり除去するために、上述の「専門家」や「医師」といった不可欠です。
プロセル・コンサルテーションの役割は、部下の言動に注目することで、対等で必要な情報の揃った支援環境を整えることを目的としています。威圧的にならない質問などをして部下が意見を出しやすい状況にすれば、部下は立場を確立し、マネージャーと信頼関係が築けるでしょう。部下が主体的であることが重要になります。マネージャーが部下にすべきことを指示するよりも部下が自力で問題を解決できるように支援するほうが適切なことが多いからです。真の問題が何なのかは部下本人にしかわかりません。また、支援が効果的だったかどうかを判断できるのも部下だけです。さらに、部下自身が真の問題が何かに気づいて支援について考えなければ、支援を実行に移す可能性は低く、問題が再発しても部下だけでは対処できないでしょう。マネージャーの存在は、部下がどのような支援が自分に必要なのかを気づくために必要なのです。
まとめ
マネージャーは、まずプロセス・コンサルタントの役割からはじめ、バランスのよい対等な状態を確立し、信頼関係を構築した上で正確な情報を得てから専門的な役割や医師のような役割に移行することが望ましいといえます。
支援するということは、問題や支援を分析するスキルを部下に伝え、建設的に部下の問題に介入することで、問題の解決だけではなく、部下が自力で状況や問題を解決できるようにすることです。従って、プロセス・コンサルタントははじめだけではなく、支援の途中でも適宜演じることもあります。
また、支援の経験を積んで自信がつくと、解決策が見つからないときに焦りが生じることもあります。このような場合、部下と問題をわかち合うことが正しい支援の選択肢となることがあります。はじめは支援を受けるだけだった部下が、将来的には他の社員を支援する立場になることは企業にとっても望ましい結果です。プロセス・コンサルタントを活用して有能なマネージャーとなれれば、自分にとっても部下にとっても支援がより有益なものとなるでしょう。