経営判断の歴史を理解して、未来戦略をつくる

 社史や沿革といった会社の歴史を省察した経験はありますか?未来に向けた戦略を考えるには、自社がたどった過去の歴史を踏まえる必要があります。なぜなら企業の歴史は、過去・現在・未来の断片的な関係ではなく、連続したつながりを持っているからです。過去の成功・失敗から自社の意思決定の指向性や教訓を認識し、「未来に向けてどのような意思決定をすべきか」を導き出していきます。ここでは具体的に、どう「自社」と「自社を取り巻く歴史」を読み解いていくのかをみていきます。

〇こういった方にオススメ

未来(シナリオ)をデザインするということはどういうことなのかよく分からない

歴史(ダイナミズム)を解釈していくうえで有効なフレームワークを知りたい

〇このコラムで分かること

歴史の省察とは、ただ起きた事実を振り返ることだけではない

☑「なぜそれが失敗・成功したか?」「どんな環境でどんな意思決定が行われたか」などについて仮説を構築することが大事

☑ 歴史の省察において有効なフレームワークを知る

はじめに-高まる不確実性-

 企業組織が失速したり、消滅する可能性が高まっていることは「ストール・ポイント」(オルソン&ビーバー, 2010, 59頁)から読み取ることができます。「ストール・ポイント」とは、10年間のサイクルの中で売上高が大幅に下降した年を指し、過去50年間に「フォーチュン100社」にランクインした500余社を対象に徹底分析が行われた調査です。この調査によると、「フォーチュン100社」のうち、継続成長に成功した企業は13%のみであり、その他87%はストール・ポイントを迎え、さらにその後10年間で成長が鈍化した企業は54%にも及びます。また、その内67%の企業は破産、買収、消滅などの理由で姿を消していることが報告されているのです。つまり、「フォーチュン100社」に位置するような大企業でも、環境変化に適応することが出来なければ、消滅あるいは衰退していくという事実が見て取れるのです。(下図はオルソン&ビーバー, 2010, 59頁を参考に作成)

歴史の省察から「起こり得る未来」をイメージする

 今日多くの企業において、「組織の柔軟性や適応性を高めなければならない」ことを理解しているのにもかかわらず、その結果は芳しくないのが現状のようです。では、不確実な未来に対して、企業はどう対処すればよいのでしょうか。その一つの答えは、将来起こり得る事態をいくつか想定し、それらに対するオプション(選択肢)を幅広く持っておくことにあります。つまり、「起こってもおかしくない未来」をイメージし、事前にオプションを備えておくのです。このプロセスにおいて歴史的な考察を組み入れていきます。

歴史から未来を捉える

 多くの会社には社史や沿革といった経営史が存在し、自社の過去の歩みや経営判断がどうだったのかを知ることができます。そして、その解釈のプロセスを経ることで、「未来はどのようになるのか?」という仮説の未来シナリオを作っていくことができるのです。

 ただ、こうした過去の振り返りは多くの企業でも行われていますが、振り返ったことに満足している企業も多いのではないでしょうか。

 そこで、自社の歴史を紐解くことで、どのように未来戦略をつくっていくのかを見ていくことにしたいと思います。

 まず、歴史の省察から未来戦略をデザインするには、「過去の出来事を整理」していきましょう。売り上げや利益の推移とともに、図や絵コンテを用いて過去から現在に渡る出来事を整理します。この作業を通して、情報を可視化することで全体図が把握できるので、より広い視点で歴史を解釈するために非常に有効です。

 その後その出来事が「成功した要因」「失敗した要因」を考え、各出来事の深堀りをしていきます。「その事業はなぜ成功(失敗)したか、その要因は何だったのか?」について仮説を構築するのです。さらにその際、「意思決定」がどのような視点で行われたかを考察を加えていきます。その時代に生きた当事者の立場に立って物事を捉えることで、先人達がどのように未来を捉え、どう意思決定したかの理解を深めることができるのです。

  こういった歴史の解釈を基に、過去から未来への連続的なストーリー構築ができるようになります。「起こってもおかしくない未来」イメージし、それに向けたオプション(選択肢)を備えていきます。つまり、オプションを用意することによって「未来に向けた回避行動」に着手することができるのです。歴史から紐解いた、予測される未来のシナリオに対して組織はどう対応していくのか、そのオプションの幅を広く準備することで環境の変化にも柔軟に対応できる組織作りにつながっていきます。

過去の出来事をマトリックスで整理することから始める 

 では、過去から現在の歴史考察をするには、何をしたらよいのでしょうか?その時活用できるのが、「過去の出来事整理マトリックス」です。これは、既存・新規の活動(横軸)一時的・持続的な出来事(縦軸)の4象限でマトリックスにしてプロットするものです。このマトリックスは、どのような出来事に進化的な要素があるのかをざっくりと視覚で捉えることができるのです。

 過去の出来事整理マトリックスは、区切られた時代毎(3年毎、5年毎など)に作成し、出来事を分析していきます。そして、これを使って各時代における成功・失敗要因は何だったのかといった議論を深めることができるのです。過去の分析で終わらず、「もし、~だったらどうなっていたか」「こういう環境変化があったんじゃないか」などとストーリーを想像してみます。こうした作業が未来シナリオをイメージする訓練になります。

第一象限(新たな進化)

:どのようにして組織能力が醸成され、なぜ新規事業が進化できたか?を辿っていく

第二象限(金のなる木)

:継続してマネー獲得できる事業領域であり、なぜ継続して成功できているか?を辿る

第三象限(既に終わってしまった事業)

:どのような経営環境で、どんな意思決定をした結果、結末がどうなったかを辿っていく

第四象限(新規事業の失敗・取りやめ)

:事業の善し悪しだけでなく、どんな環境変化を予測し、なぜその意思決定をしたか?を辿る

まとめ

 本コラムを最後まで読んでいただいた方は、「歴史を振り返る」ということは過去の出来事をただ分析するだけでないのだ、ということを理解していただけたことと思います。過去の事実に対し、「どういった背景で意思決定が行われたか」、「なぜその取り組みは成功・失敗したか」など様々な仮説を構築してみることで、ストーリーを描くことが出来るようになります。これを繰り返すことで、「では、今後起こり得る未来は何か?」といったシナリオづくりが可能になるのです。歴史の当事者になって、仮説構築をつづけることが、自社の未来のシナリオをつくる力を養います。本コラムで紹介したフレームワークなどを用いて、歴史を洞察してみてはいかがでしょうか。

付録-E.H.カーから学ぶポイント- 

 歴史から学ぶということはよく聞きますがどのようにして学ぶのかについては語られないことが多いのではないでしょうか。E.H.カー『歴史とは何か』(岩波新書)は歴史から学ぶ視点を教えてくれます。彼は、歴史とは歴史家の解釈であり、現在の眼を通して過去を眺めることを強調します。そして、歴史家は過去を愛しているのではなく、現在を理解するカギとして過去を理解することを促します。なぜならば、歴史は仮説の集合であり、ここから洞察を繰り返すことで私たちの知識を増やす効果を持っているからです。こうした彼の歴史に対する見方を読み解くと、今日私たちが歴史を見るということは、歴史家の仮説を基に現在の出来事や行為を比較したり、深く洞察することであると理解できます。そういった洞察の中で仮説を構築し、過去、現在、未来に拡大しながら物語を創っていくことが大切なのです。(画像出典:E・H・Carr 著,原彬久訳『危機の二十年』,岩波書店,2011より)

  
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