持続的成長にむけて共進化という選択肢もある

   近年、日本国内での経営環境は厳しさを増しています。そのため、企業が中長期的な競争優位を維持することは非常に難しく、安泰と思われていた大企業ですら短期間で業績が急降下し、市場での優位なポジションを失うケースが増えてきています。そういった厳しい経営環境において、組織が持続的に成長するための一つのカギとなる「共進化」について説明していきます。

異なる組織との「関係性」

 製造のイノベーションは過去に、三つの分水嶺が起きたことが知られています。第一の分水嶺が20世紀初頭にヘンリー・フォードが米国自動車産業を大衆化へと推進させた大量生産システム、第二の分水嶺が1970年代に日本およびイタリアで発展した、高度な技能労働力を有し、専門化され、且つ状況に応じて対応する柔軟なシステム、第三の分水嶺が、1990年代後半以降における3次元・情報技術革新です。この情報技術の革新は、国や地域を超えて異なる組織が瞬時に結びつくことが出来るようになったことを意味しています。この第3の分水嶺以降、異なる組織との「関係性のケイパビリティ」を高めることが極めて重要となり、その取り組み次第で事業を成長させる成否を分ける可能性が高まっていると言えるでしょう。

 しかし、日本企業は異なる組織と結合することが必ずしも得意ではありません。日本企業は自社の技術に対してクローズする部分が多く、オープン・イノベーションが進展しないという研究結果もあります。つまり、日本ではオープンな部分とクローズな部分の線引きをどこに設定するかといった明確な戦略を構築しておくことが必要ということです。

 結合に寄り過ぎてしまうと自らの組織の競争優位性を保つことが困難になりますし、あまりにもクローズドであれば、取引コストの課題に終始してしまいます。マネジメントは、「関係性のケイパビリティ」をどのように構築していくかについて熟考していく必要があるでしょう。

「共進化」とは何か?

 「共進化」とは、企業の事業範囲の境界の部分で、異なる組織が互いのケイパビリティを結合し合って新しいビジネスを創出するという考え方で、両者の関係性のケイパビリティ」を高めて共に発展(共進化)を図る活動のことを指します。

 この成功例としては、東レとユニクロがアライアンスを組んで上市した「ヒートテック」があげられるでしょう。これは東レが長年に亘り開発をしてきた炭素繊維の技術と、ユニクロの製造小売り(SPA)の技術およびマーケティングが結合して完成したものであり、異なる組織が互いに固く結合することによって成功しました。また、この事例から、市場と企業のコーディネーションの位置づけが重要だということもわかります。こうした企業間連携は今に始まったことではありませんが、「Make or Buy」(自前でつくるのか、外部から購入するのか)の意思決定は、サプライチェーンにおける効率化や、生産性・収益性等から鑑みて、都度、都度に取引される内容でした。共進化はさらに一歩進んで、東レとユニクロのようにより強固な「関係性のケイパビリティ」を構築しお互いの発展を目指すものです。

共進化への第一歩~企業境界を決める~

 共進化を成功させるためには、企業境界の線引きをどこにおくのかが非常に重要です。これはつまり、現有している機能を組織の内側(クローズな部分)に統合するのか、市場に出してしまう(オープンな部分)分割なのかという戦略的な意思決定が必要ということです。このことを、実際に起きた事例から考えてみましょう。

「統合」か「分割」か ~SONYの意思決定の事例から~

 ソニーは、2000年10月にEMS企業であるソレクトロン(Solectron)との提携を発表し、カーナビゲーションなどの生産機能を担っていたソニー中新田を売却しました。このアライアンスは、当時のソニーのEMCS戦略の一環として、日本国内の製造拠点をソニーイーシーエムエスとして再編し、組織内の設計、生産、ロジスティクス、および顧客サービスの機能を見直ししたのです。

 藤坂(2001)は、ソニーのベンチマーキングとしてソレクトロンを選択し、製造機能を組織から切り離して比較優位を探ろうとしたと論じています。当時のソニーは、新興国によるグローバリゼーションが高まり、製造コストの最適化が大きな課題でした。何を内部で統合し、何を分解して切り離すのかという選択に迫られたのです。ソニー中新田をソレクトロンに売却したのは、製造機能を「分解」して、他の部分を「統合」するという意思決定でした。しかし、ソニーはその後、長いトンネルに突入してしまいます。

 ここでは、この事例から統合と分解について考えてみましょう。スタンフォード大学ビジネス・スクール教授のロバーツは『現代企業の組織デザイン』の中で、組織デザインにおける非凸性と非凹性という仮定から、組織デザインを説明していますので、参考にしてみることにしましょう。

  経済学では、選択集合の凸性とは、選択が無限に分割できるということを示し、選択集合の凹性とは、最善の選択は一点(一意の選択)があると表現します。しかし、彼は、この理論は実際の企業経営を考えると、非凸性として分割できない集合があること、非凹性として最善の選択は一つではないということを主張しています。

 ロバーツの主張を参考にすると、組織をデザインしていくにあたって重要な点は、分割できない部分を分割してはならないということと、高業績をあげるためのただ一つの選択肢が存在すると考えてはいけないということです。例えば、製造工場の一棟は物理的に分割できないし、モジュール生産では全ての部品を分割できないのはよくイメージできると思います。また、経営者はただ一つの解決策に飛びつきたくなるかもしれませんが、さまざまな選択肢から熟慮が必要ということです。切り取ることは簡単なのですが、別の組織と融合する、すなわち共進化という道もあるのです。

 共進化の組織デザインには、現在と共に未来という時間軸を見据え、様々な選択肢の中から意思決定することが求められます。

 ソニーがソニー中新田をソレクトロンに売却した事例から、製造機能がソニーにとって非凸性であったのかはわかりません。しかし、当時の経営者が、他産業や社会の流れから様々な情報を収集しながら、現在から未来に向けて世界を感知(センシング)した結果です。もし、そのときソニーが製造機能であるソニー中新田を自組織に存続させていれば、今日とは違った企業になっていたことは確かです。統合と分解の意思決定には、経営者のセンシング能力が極めて重要であるということ、そして現在という時間軸だけで判断してはならないということを肝に銘じておく必要があります。

 これからの経営においてイノベーションを加速させるには、大企業であってもベンチャー企業と組みながら新たな事業展開を模索する必要があるでしょう。必要であれば小規模企業同士の融合もあるでしょう。そのとき、単なる業務提携ではなく、異なる組織が企業境界をまたいで結合をすることでダイナミック・ケイパビリティを生成させ、共進化を図ることができれば、強固な発展の礎を築くことができるという可能性を模索するのも経営の仕事です。そのための第一歩は、前述したように、企業境界の定義を明確にして、その補完的な要素は何かを探索してみることです。

企業境界の見極めに失敗したIBMとデル

 そうはいっても、共進化によるビジネス・エコシステムは安易には形成できないのも事実です。ウィリアムソンが取引コスト論で提唱した通り、人間は利己的であり、ビジネスは生き残りをかけた弱肉強食の世界です。しかも、当初はビジネス・エコシステムを形成できていても長い間の環境の変化によって、共進化するつもりであったものが対立の関係になることも珍しいことではありません。

共進化の関係から「競合」になった事例

①IBMとマイクロソフト 

 そうした事例としては、巨人IBMと当時は小さなベンチャー企業であったマイクロソフトの関係が有名です。1980年初頭、IBMはパソコン事業に参入するときに、基本ソフトを内部製造せずに、マイクロソフトに委託しました。その結果、アップルに対して劣性であったパソコン事業は急速にシェアを伸ばすことになります。このとき、今日の世界標準となるIBM社のパソコンPC/ATのアーキテクチャーを無償でオープン化しました。一方、マイクロソフトは基本ソフトのMS-DOSをIBM以外にも供給できる契約を結び、他の企業に販売します。その後、公開されたIBM仕様のパソコンを製造するコンパックなどの企業が現れ、IBMのパソコン事業は衰退していくのです。

 なぜ、IBMは無償でアーキテクチャーを公開したのでしょうか? なぜ、マイクロソフトと専属契約を結ばなかったのでしょうか? おそらく、IBMはパソコン生産のトップシェアを握ることで、一台当たりの製造コストを下げ、パソコン製造の追随を許さないという戦略を描いていたのでしょう。したがって、マイクロソフトの基本ソフトのことをIBMは、パソコンというハードに対してそれほど重要性を認識していなかったに違いありません。パソコンのモジュール製造のケイパビリティは、IBMのアーキテクチャーの公開によって瞬く間に一般化してしまい、その競争の中身をブラックボックスにしたソフトは、コア・ケイパビリティを進化させることができたのです。

②デルとエイスース 

 さらに、21世紀に入るとモジュール生産が一般的になり、共進化の関係が競合になってしまう事例が目立つようになります。米・ハーバードビジネススクール教授のクリステンセンは、『イノベーション・オブ・ライフ』(翔泳社 2012年)の中で、デルコンピューターが当時の部品製造メーカーであった、エイスースへのパソコン製造委託のプロセスをその事例にあげています。

 ウォール街のアナリストは、企業の純資産利益率(Return on Net Assets:当期利益を純資産で割った比率)を注視しています。企業は分子の利益を増やすか、分母の資産を減らすかすれば、収益性が高まったと評価します。分子を拡大することは難しいのに対して、分母はアウトソーシングという手段を選べば、簡単に圧縮することができるのも特徴です。

 その時エイスースはデルを訪ねて、次のような話をしたでしょう。「御社のために製造しているマザーボード、なかなかいいでしょう。今度はパソコン全体の組み立てもやらせてくださいよ。組み立ては御社の成功要因ではありませんよね。その部分をうちでやらせてもらえれば、残りの製造資産をすべてバランスシートから外せるじゃないですか。それに御社より20%安く製造しますよ」。

 そして、デルのマネジメントは、この提案によって資産の圧縮にプラスになることに気が付き、エイスースに製造を委託することを決定しました。すると、みるみるRONAが上昇したのです。しかし、結局デルに残ったのは直販事業に関わるわずかな資産だけでした。

  クリステンセンが警鐘しているのは、資産圧縮という数字だけで外部委託すると、次第にコア・ケイパビリティまで他社に浸食され、競争優位が確立できずに衰退してしまうということです。この事例の背景には、パソコンのモジュール生産が可能になっていったスピードがデルの目論見よりも早かったことや、エイスースは、コストを重視した機会主義の取引関係の外部委託であったこともあるかもしれません。

持続的に共進化を図るお互いの意思が成功のカギ

 IBMとデルの事例は、企業境界での共進化よりも、外部委託という契約意識が強かったのかもしれません。しかし、共進化に必要なのは、互いの企業境界を見極めて結合した後も、ダイナミック・ケイパビリティを生成し続けて共に進化することを惜しまない関係をつくることにあります。提携先としての関係から進化して、その後も環境の変化に適応しながら共進化を図り、その領域以外は、企業内活動によって競争優位を形成するという、二面作戦です。

 上の図の最も左の四角は、組織における企業間結合をどのように行うべきかを、常に考えておくことを示しています。これは事前の計画もあるし、ビジネスの進展の状況で創発的に行われる場合もあります。しかし、いずれもが、試行錯誤の実験が伴うことは考慮に入れる必要があります。左側の矢印実線で囲った部分が企業の事業範囲です。現在の競争優位なケイパビリティと、進化するためのダイナミック・ケイパビリティを絶え間なく行き来しながら、環境の変化に適応していきます。真ん中の部分が、企業境界であり、これが同様の異なる組織(他企業)との結合の部分を示しています。競争優位性はないけれどもオペレーションの基本となる「一般的ケイパビリティ」と、競争優位性のある「特有のケイバビリティ」をお互いに結合するのが重要です。

 前述のように、一時的な結合によるビジネス・エコシステムの形成ではなく、環境の変化に適応しながら、経時的に共進化をする必要があります。ある時「特有のケイパビリティ」であったものは、学習によって「一般的なケイパビリティ」に時間と共に変化していくことも予測しておく必要があります。互いの強み・弱みを認識し合いながら、そして戦略的に決められた企業境界がどこかを見極めて、運命共同体を形成できるのか否かを判断していくのです。

まとめ

 異なる組織との共進化は、非常に難しいかじ取りを必要とするでしょう。しかし、その成功の確率よりも、異なる組織と結合する活動によって学べることは多く、結果として自社内において常に進化していこうとする組織風土を作ることもできます。古より「三人寄れば文殊の知恵」との諺があるように、異なる組織が触れ合うことで刺激が生まれ、活力が生まれたり、イノベーションを起こす可能性も高まっていきます。ぜひ皆さんも共進化という道について考えてみてください。

 

 

  
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