ビジネスにおいて、複雑な社会、経済の環境に適応していくためにも、未来の不確実性に備えるということは非常に重要です。また、時代の流れとともに成長する企業になるためには、予測のつかない未来に備え、どのような環境でも適応していける力こそが必要です。
私が著した『進化デザイン戦略』は、カリフォルニア大学バークレー校のデイヴィッド・J・ティース氏によって提唱された理論「ダイナミック・ケイパビリティ」に基づき、中期計画において未来を想定し、成功する経営戦略について解説しています。
□本書をとくにおすすめしたい方
✅ 組織改革を試みている
✅ どのような状況に陥っても適応する企業を目指している
✅ 経営者としてチームを引率できる力をつけたい
『進化デザイン戦略』第6章では、「予測のつかない未来の不確実性に備える」ことを主題に、短期と中長期、そして分析とデザインの課題を中心にお伝えしています。
また、「ダイナミック・ケイパビリティ」に関連したアンケートを経営者に実施した結果をもとに、現状の日本の経営者の思考を分析し、課題点や問題点を説いています。
さらに、未来を予測した動きを取り入れた企業の実例を挙げ、将来の経営を考える「シナリオプランニング」の策定方法についても解説。10年後も生きる企業になるためには、どのように未来を描き、戦略を構築していけばいいのかを解説していきます。
目次でさがす
「ダイナミック・ケイパビリティ」に関するアンケートから読み取れる経営者の思考
「ダイナミック・ケイパビリティ」という言葉をご存知でしょうか?
「ダイナミック・ケイパビリティ」とは、カリフォルニア大学バークレー校のデイヴィッド・J・ティース氏によって提唱された理論を指し、この理論では、市場のニーズ、顧客の動向に併せ、次の3つの能力により、企業が自ら改革を進めることを示します。
- 脅威・危機を感知する能力「感知(センシング)」
- 可能性を進化させる能力「捕捉(シージング)」
- 進化したケイパビリティを結合させる「再配置(リ・コンフィギュレーション)」
『進化デザイン戦略』では、経営者・組織・外部との提携による進化のメカニズムを把握することを目的として、中堅企業の経営者を対象にアンケートを実施。アンケートの内容は、ダイナミック・ケイパビリティで生成するために必要な3つの能力「感知」「捕捉」「再配置」を軸に設定しました。表6-1はアンケートの質問項目です。
Q1 |
あなたが、ビジネスにおける内外環境の変化を感知する場合、これまでの人生、ビジネスにおける経験および信条からの影響は大きいですか。 |
Q2 |
あなたが、ビジネスにおける内外環境の変化を感知する場合、データ分析なども必要ですが、現場などの混沌とした現実の状況から鋭く観察して反映することの方が多いですか。 |
Q3 |
あなたは、マネジメントを推進する中で、長年に亘り組織で培われたノウハウと新しいノウハウなど、対立する要素を認識して、そこから新たに何かを生み出すことに力を入れていますか。 |
Q4 |
過去のお仕事で、売上規模だけを追求して、失敗したご経験は、全仕事のどれくらいの割合ですか。直近5年間の割合でお答えください。 |
Q5 |
あなたは、売上規模だけを追求する仕事は、組織の衰退を招くと考えますか。 |
Q6 |
あなたは、仕事に対するロイヤルティによって、ご自身のマネジメント能力が向上する要因の一つと考えますか。 |
Q7 |
あなたは、将来のシナリオを描くときに、ビジネスにおける脅威の領域を先に描きますか。 |
Q8 |
次期経営者候補(複数可)を育成する時間は、1カ月で大よそどれくらいですか。 |
Q9 |
あなたの組織では、新しい仕事を取り込む場合、「シナリオ~試行錯誤~試行的製品、サービス~顧客に認められ~新しいビジネスモデル」のプロセスを意識的に手掛けていますか。 |
Q10 |
あなたは、競争優位を発揮するためには、目に見える製品などのハード、人間のノウハウやデザインなどのソフトを結合した「ハードとソフト」のビジネスを意識していますか。 |
Q11 |
あなたの組織では、情報システム投資の回収は、新しいビジネスの創出によって行うなど、中長期的視点で捉えていますか。 |
Q12 |
あなたの組織では、外部企業、大学および顧客などと連携しながら、新しいビジネスの拡がりを模索していますか。 |
Q13 |
あなたの組織では、複数の人員から形成される経営サポートチームなどの存在があり、組織的に意思決定していくなど、重要事項に対する活動は頻繁ですか。 |
Q14 |
あなたは、経営サポートチームによって提案された事項から、マネジメントの意思決定に影響する度合は大きいですか。 |
Q15 |
外部の組織や企業と共同ビジネスを行う場合、互いの強みを意識し、しかしブラックボックスの部分は維持しながら、ご自分の企業がイニシアティブを取れるようにしていますか。 |
Q16 |
外部の組織や企業との共同でビジネスを行うメリットは、自社単独で実践するよりも、独創性あるビジネスの創出やスピードなどの面で勝っていると考えますか。 |
Q17 |
あなたの組織では、従来から行われていた仕事のやり方に、新しいやり方を加える事例が多いですか。 |
Q18 |
あなたの組織では、顧客からのささいな提案やオーダーでも大切にして、そこから研究などを行い、ビジネスモデルに発展される活動は多いですか。 |
Q19 |
過去5年間の平均売上伸長率はどれくらいですか。 |
Q20 |
あなたの組織では、伝統的な技術やサービス+新しく開発したノウハウを結合して、製品、商品およびサービスに反映する機会は多いですか。 |
表6-1 ダイナミック・ケイパビリティ経営者アンケート質問項目
本章内では、中堅企業の経営者150名の回答より得られた相関分析からは、次のような特徴があることがわかりました。
- 「経営者の信条・経験から感知」と「現場把握」・「新旧ノウハウの統合」との相関が高い
- 「環境認知の度合い」は、ほぼすべての項目との相関が高い
- 「ビジネスプロセス」と「ハードとソフトの資源融合」の相関が高い
- 「経営チームの活動」と「経営チームによる経営の影響度合い」の相関が高い
こうした結果から、経営者は自分自身の経験を重ね合せ、混沌とした現場を観察しながら内外環境の変化を感知しており、組織に培われた新旧のノウハウを統合させようとしている姿が見て取れます。また、まず環境変化を認知することは、中長期視点でビジネスエコシステムを形成しながら事業開発を行っていくうえでとても重要であることもわかりました。特に外部企業・大学・顧客などとの連携を活性化させ、小さな芽から新しいビジネスの広がりを模索しているようです。
この相関分析で最も高いポイントとなっているのが「チームでの経営」が行われていることで、近年は経営サポートチームの活動がマネジメントの意思決定に大きく影響を与えていることもみてとれます。
表6-2 経営者アンケートの相関分析表
これまでの経験を重視する傾向が強い
成功経験を重ねれば重ねるほど、その方法に固執し、新しい方法を開拓する機会を喪失しがちです。固定概念が定着してしまうと、時代の流れに適した会社として成長することは難しくなります。
実施したアンケート調査の結果では、これまでの経験や培ってきた信条を重視していることが顕著に表れていました。日本の経営者は、独断での意思決定よりも、経営チームと一体になりながら、最終的な意思決定を行っていく、コンセンサスを重視した経営が行う傾向があります。
ここで、経営チームがイエスマンであれば、経営者と経営チームの良好な相互作用は機能しません。経営チームが経営課題を問うことにより経営者の固定概念を回避できるはずです。また、経営者が経営チームにうまく意思決定を委譲するなどして、うまく経営の舵取りのバランスを取ることで社内の自律性を高められるといったメリットもあります。
未来の変化に対応していくためには、経営者は経営チームに意思決定を委ねること、経営チームは課題を追求する姿勢を保ち続けることが大切です。
図6-1 経営者および経営チームの関係
経営者が未来へのシナリオを描くことが内外のケイパビリティの結合につながる
企業内で連携を図ることが重要なのはもちろんのこと、企業の成長を促すためには外部企業との連携も重要です。
しかし、「いまのビジネスをどう展開していこうか」「いま、販売している商品をどう世間にPRすればもっと売上が上がるのだろうか」など、現状のビジネススタイルにだけ目を向け、これまでの技術を自社内でどのように進化させるのかを考えている経営者が多いのが現状です。
実際、アンケート調査の結果からも、そのような経営者が多いことが分かります。
しかし、それでは企業のさらなる成長は期待できません。これからの時代こそ、外部との結合を行い、進化の可能性を広げる契機をつくりだすマネジメントが必要であり、外部とのビジネス・エコシステムを形成することが大切といえます。
外部とビジネス・エコシステムを構築することには、少し違った角度から市場を見ることができるだけではなく、環境の変化を素早く感知できるというメリットがあります。 未来のビジネススタイルを描くときには自社の成長ばかりに目を向けてしまいがちですが、実は外部に目を向けることこそが自社の経営を守ることにもつながります。
「ダイナミック・ケイパビリティ」の最終プロセスである「再配置」は、こうしたビジネス・エコシステム等を活用しながら、自社の能力を再構築することを指しており、さらなる成長に向け、外部と連携しながらどのように自社を成長させていくのかを具体的にイメージし、実践に落とし込むことができれば、いつの時代も第一線で活躍する企業でいられるでしょう。
慣性化した戦略の見直しが成長のカギとなる
時代の流れとともに移り変わる消費者のニーズ。今後どのように展開すれば企業として成長できるのか、新しい顧客を呼び込むことができるのか検討する上で、顧客分析に悩む経営者は多いでしょう。
環境の変化に適応できずに、淘汰されていく組織は減るどころか増大傾向にあります。それは戦略が環境に適合しなかったためといえますが、「戦略の構築」だけでは生き残れないことを示しています。
つまり、行動方針を確立し着実にコミットメントしたとしても、未来の予期せぬ出来事に対応できるとは限らず、会社の伸びしろも期待できないのです。
戦略コミットメントは「慣性」を生み出す
従来のビジネスでは、「どのような商品が売れるのか」「狙うべき顧客層は?」「低コストかつ上質な製品を作り出すためにはどのようにしたらいいのか?」など、行動方針をより具体的に設定することが重要だと認識されてきました。
もちろん、時代が移り変わったとしても、計画的に事業を運営するためには、行動方針を構築することは大切です。しかし、戦略に対してコミットメントが強い企業こそ、誤った戦略に陥りやすくなります。
なぜ、行動方針に則って、計画的に事業を運用している企業が誤った戦略に突き進んでいってしまうのでしょうか?
それは、「慣性」によるものです。戦略を構築した当初、その市場で消費者の興味をうまく引くことができると、それが強く支持されるため、多くの企業がその行動方針を継続しようとします。つまり慣性化してしまうのですが、そのまま突き進んでしまうと、消費者の動向・市場のニーズが変化した際に「時代遅れ」と淘汰されてしまいます。行動方針は間違っていなかったけれども、未来の予測ができておらず、売上が減少するという状況に陥ってしまうのです。
このような状況を防ぐためには、以下のポイントが重要です。
- オプションを考えておくこと
- 不確実性という課題を真摯に捉える仕組みを模索すること
戦略的な予測はせいぜい3年が限界です。環境の変化が激しい産業では1年程度かもしれません。時間が長くなればなるほど不確実性が増すことから、変化への柔軟性を持ち続けるためにも、不確実性という課題の解決策を模索すること、そして適応できるオプションを考察しておくことが重要です。
そのためにも不確実な未来を捉えるための仕組みを組織に作ることが経営者の重要な仕事となります。
「行動方針はきちんと確立しているのに、なぜか売上が伸びない」という企業は、まずは戦略が慣性化してしないか見直してみましょう。
慣性化していると自覚している場合は、市場動向の変化に慌てずにすむように、事業転換を含めてオプション(選択肢)を考察しておくことが大切です。
組織破綻を防ぐ「シナリオプランニング」
実際に破綻している事例を見ても、戦略の誤りより、環境の変化に適応できなかったケースは非常に多くみられます。
戦略コミットメントは時として環境の変化に適応できないため、真摯に遂行していたとしても破綻する可能性があります。どう工夫すれば、いかなる状況も切り抜けられる企業として成長できるのでしょうか?
その解決方法の一つとして、「シナリオ」を何パターンか用意しておくことがあげられます。
『進化デザイン戦略』では、「シナリオプランニング」を実際に用いた企業を挙げ、シナリオ構築の方法について解説しています。
ここでは、シナリオプランニングの流れについて簡単に見ていきましょう。
- シナリオに対する「問い」
- 不確定要素のカテゴリー分け
- 各カテゴリーごとにシナリオ構築
- 戦略コミットからシナリオ構築
まず、シナリオを作成する際には、「自社製品に不足している部分は何だろうか?」「工場を拡張すべきだろうか?」など未来の展開を含めて検討することが重要です。この段階では様々な「問い」出しを行います。
そうすることで、現在の戦略コミットメントを進化させることで対応できることがあるのか、あるいは全く違う戦略が必要なのかを見極められるからです。
そしてそれらの「問い」を集めて不確定要素を絞り出したら、カテゴリー分けをしていきます。カテゴリー分けしたら、いよいよシナリオの構築です。シナリオを構築する際には、実際に起こりうる確率が高い事柄への対処法「リアルオプション」を出すことにより柔軟性を確保できます。
シナリオ構築は、戦略コミットメントを元に作成していきますが、戦略コミットメントとは異なり、未来の予測であることを踏まえ、戦略コミットメントだけでは不足する事柄を決めていきましょう。
ここまでの説明で「いまの時代、戦略だけでは事業は成り立たないということ?」と思った方もいるかもしれません。
しかし、シナリオプランニングはあくまでも戦略が基盤にあるからこそ構築できます。競争優位を築くための仕組みが「戦略」、予想がつかない未来への備えが「シナリオプランニング」と認識すれば理解しやすいのではないでしょうか。
10年後の未来は戦略一本では乗り切ることができない。だからこそ、シナリオプランニングの重要性がうたわれているのです。
図6-3 戦略コミットメント シナリオの概念図
図6-4 シナリオ構築のステップ
まとめ
本コラムでは『進化デザイン戦略』第6章「予測のつかない未来の不確実性に備える」をもとに、組織の自律性・ビジネスエコシステムの重要性、戦略とシナリオプランニングの構築について考えてみました。
確実に戦略にコミットメントしていても、時代の変化とともに事業が衰退していくのには未来への備えが不足していることが原因として考えられます。
経営者は「ダイナミック・ケイパビリティ」の3本柱「感知(センシング)」「捕捉(シージング)」「再配置(リ・コンフィギュレーション)」を軸に、長期的な視野で会社をどのように導いていくかを考え抜き、組織の自律性を育て、ビジネス・エコシステムの形成を模索していきましょう。
経営者だけでなく、経営チームの意見も通る風通しのいい企業を目指すことも大切です。
時代が変化しても消費者からのニーズを押さえている企業は、正しい方法で戦略とシナリオプランニングを構築し、遂行しています。自社製品の市場における評価をリサーチした上で、未来への適応力を高めるためのオプションも含め、戦略の見直し、シナリオプランニングの構築をしてみましょう。