コロナ禍によりここ数年、リモートワークが増え、人同士のつながりが希薄になっています。個々のつながりが希薄になってくると会社では成果主義に陥りやすく、社員同士は助け合う場面が減り、結果として企業の生産性は上がりにくくなってしまう可能性があります。しかし日本には、世界も注目するほど経済がめざましく成長した時代がありました。
高度経済成長期の日本企業を牽引した大きな力の一つが、「和」の概念です。日本の組織で重宝されている「和」ですが、誤った認識をされていることが多々あります。『日本企業における「和」の機能(著:山口美和、大阪大学出版会、以下同様)』を参考に、本来の「和」がどのようなものかを理解し、新しい時代の組織づくりに活かす方法を模索してみることにしましょう。
こちらの記事は以下に当てはまる方におすすめです。
✅ 多様化した個人で構成される組織をまとめているリーダー
✅ 組織の中で世代間ギャップを感じている方
目次でさがす
「和」の意味と性質
そもそも「和」とはどのような意味なのでしょうか。『日本企業における「和」の機能』によると、「和」とは、「「おだやかさ」を意味する和語から派生した意味の集合体」(同書、P14)のことを指します。
ここでは「和」の持つ意味を6つのカテゴリー(同書、P.23~24)で捉えています。
「和」を分類する6つのカテゴリー
1.「おだやかさの和」
多くの日本人にとって好ましいおだやかな性格や場の雰囲気を表します。
2.「人間関係の和」
人間関係が調整されて悪くない状態を指します。
3.「まとめの和」
二つ以上のものを集めることを意味します。
4.「バランスの和」
全体のバランスをみて良好状態になっている状態を指します。
5.「声の和」
他の人に調子を合わせたり、真似をするといった意味合いを持つこともあります。
6.「日本の和」
日本や日本語自体のことです。
このうち、1から5のカテゴリーには、3種類の機能(同書、P26~28)があると考えられています。
「和」がもつ3つの機能
A.「安定」の機能
1と2の根本には、「和」が成立する前に厳しい条件や困難を乗り越える過程が存在しています。つまり「和」は、「苦難を解決した末に訪れる「安らかさ」」を表しているのです。
人間関係において考えると、ある困難な事態を収束させるためにそれぞれが行動し、争いを解決した状態といえます。
B.「統一」の機能
3は、個々の性質はそのままに、量的に一つの集合体となることを意味しています。
企業内の人間関係においてこの機能がはたらくと、物理的に集合することが社員に精神的な統一感や一体感をもたらすことが考えられます。
C.「適合」の機能
4と5、さらに2は、すでに存在する基準のために自分の条件を変更したり手本を真似したりすることで、理想や目標が実現した結果のことを表しています。
組織においては、他者の思考と自分の考えを融合させて、よい人間関係を築くという過程を辿ることになります。
「和」が人間関係に及ぼす力
「和」の持つ3つの機能をもう少し詳しく見ていくと、「協力を促す力」(同書、P30)と、「力と力の相乗効果をもたらす」(同書、P 36)はたらきがあると考えられています。
では、これらのはたらきが人間関係においてどのように作用するのでしょうか。
個人からの協力を促進する力
「和」には、共通の指針や安心感、穏やかな結果を与えることで、個人の協力を促す力があります。和とは、自分の利益を我慢するのではなく、個々の利益を集団の利益と融合させて、共通の目標を達成しようと協力することです。「和」の「安定」の機能によって必ず一定の結果を保証されれば、精神的に落ち着き、基盤をゆるがそうとは考えません。「和」の「統一」の機能によって人間関係が心地よい状態になれば、人は進んで周囲と協力します。「和」の「適合」の機能によって個人の利益につながる利益を全体の目標とすれば、団結が容易になります。
能力の相乗効果をもたらす力
「内部の人間関係を円滑にすることで、成員の能力が増幅されやすい状況を作るのも、「和」の力の一つ」です(同書、P37)。個人が力を合わせてタスクに取り組むとき、「和」の「安定」の機能によって、個人の力を単純に合わせた以上の成果を生み出すことがあります。安心して十分な能力を発揮できると人は精神的に安定し、メンバー同士の衝突も防げます。また、「和」の「統一」の機能によって、メンバーの中に仲間意識が芽生えることで、企業内の活動が心地よくなります。さらに「和」の「適合」の機能は、メンバーが共通の目標に向かうことで企業内のムダな行為をなくし、一体感によって組織を活発にします。すなわち、「「和」によって生ずる力には、個人の力の単純な総和よりもずっと大きくなる可能性が潜在している」のです(同書、P41)。
日本企業における「和」の作用
日本において「和」は、集団が達成すべき目標であり、理想の状態に導く概念であると考えられてきました。「和」の概念を中核に据えた日本企業は、「集団の利害が、そこに属する個人の利害に優先する」という「集団主義」とみなされることが多いかもしれません(同書、P61)。しかし、「「全体主義が全体の優先のみを心がけるのに対し、「集団主義」は、全体の優先と同時に、個々の自由や幸福をも尊重する立場」のことです(同書、P63)。すなわち、企業全体の利益と、個人の利益も同等なのです。
日本が戦後、高度経済成長を遂げることができたのは、個人が共同体の価値に重点を置いたからとも考えられます。「日本企業が利益を追求する集団でありながら、共同体としての性質を併せ持っていることこそが、組織の成功の原因」(同書、P 111)であったのです。時間的にも金銭的にも企業が生活の大部分を占めていた状況は、個人が企業に対して帰属意識を抱き、同じ企業に属するメンバーに対して一体感を抱きやすかったのも事実です。だから、企業に対して個人は努力を惜しまないようになり、生きがいや自己の成長をそこに見出していったのかもしれません。
なぜ企業は「和」を必要とするのか
日本企業では、小集団ごとに仕事をするケースが多々見られます。よって、人間関係が企業の生産性に大きく影響を及ぼします。つまり、日本企業が成長するためには、よい人間関係を築くことができる「和」のはたらきが不可欠といえるでしょう。
集団で業務を行うとき、個人には「他のメンバーと協力して、目標達成のために貢献すること」(同書、P73)が求められます。「グループの他のメンバーとよい関係を保ちつつ、プロジェクトの成功のために働くのが、個人がその力を発揮する、効率の良いやり方」なのです(同書、P73)。
「和」に対する誤った認識
しかし、「個人を集団に奉仕すべきものと考える全体主義と、「和」が同じものと考えられる場合がある」(同書、P41)せいで、「和」を受け入れ難いと考える方もいます。この傾向は若い世代の方々に顕著にみられます。確かにこれまでの集団主義には、個性を排除する面や、企業が目指す方向と違うものを目指す者は認めない排他的な面があったかもしれません。この点が、多様性を認める現代の風潮とは相反するようにみえ、自分の個性を否定されたように感じられるのです。
しかしそれ以上に、前述したように「和」には、メンバーの状態をよく知り、良好な人間関係を築くという重要な機能があります。この機能を失わなければ、「和」は有益にはたらきます。具体的にいえば、一方だけに不満が残ったり弱者にしわよせがいったりしないように十分な話し合いをする、つまり、コミュニケーションが不可欠なのです。
「和」を正しく機能させるには
「一般に、組織は目指す方向がはっきりしているほど、手持ちの資源・エネルギーを効果的に動員・展開できるように」(同書、P85)なります。個々がバラバラに利益を追求していては発展は望めないでしょう。
「集団の成員が一つにまとまり、協力し合うことで、互いの持てる力を増幅させ、効率の良い運営ができれば、これは企業経営の理想的な状態である」(同書、P90)はずです。 「和」は、成員の「協力」を導くために欠かすことのできない日本人に有効な概念ではないでしょうか。
また、経営者を含めたメンバー全員が周りの意見を考慮すれば、一方だけが気遣って奉仕関係に陥る危険性はありません。奉公関係を避けたいのならば、自分から利益を追求する主体性も不可欠です。個人が主体性をもって企業内で自己利益を追求する姿勢は、全体のために個人を均し、利益効率を下げるという「和」のデメリットを解消することにもなります。よって、「和」の概念は、メンバーの業務への積極的な参加を促します。メンバーの主体性は、企業にとってもメンバー自身にとっても欠かすことができないのです。
さらに、「実績を上げるためには、グループ内でうまく仕事ができなければ」なりません(同書、P113)。日本企業はグループで業務をこなす場合が多いため、協調性のある人材のほうが評価が高くなる傾向にあるからです。これも、「和」の機能である、「適合」のはたらきによるものです。自分が深い関係にある集団の中で、自分の居心地が悪くならないように、自主的に自分の欲求や個性を企業に沿って均します。
ただ要求を抑えるだけなら窮屈に感じるかもしれません。しかし、個人は自らを律するだけではなく、精神の安定を企業から得ることができるのです。よって個々が企業にメリットを感じながら属し、自我の調整は未来への投資と捉えられるようになるでしょう。
さらに、グループワークの多い企業が成果を上げるためには、個人の努力が必要です。互いに助け合う関係性を築くことで、助力を必要としない成熟した個人の力がまだ不足していても、相乗効果で実力以上の力を発揮できるのです。具体例として、組織内での先輩後輩の関係がこれに当てはまります。そして独自で十分な実力をもつようになると、新たな人材のサポートに回ることができ、その人材が成長することで互いに支え合える関係になるのです。
一見「和」の作用は個性を嫌うように感じますが、実のところ、どのような方でも集団の中に入って、同じ目標に向かうという一体感を得ることができ、互いを助け合いながら自分の力を発揮できる、まさに多様性を容認する現代社会に適した機能といえます。「日本における「和」は、日本人の生活に深く浸透しており組織が成功するために必要なもの」(同書、P139)といえるでしょう。
まとめ
「和」は、「「統一」の機能でグループを一つにまとめ、「適合」の機能でメンバーを教育し、「安定」の機能で内部を落ち着いた状態にする」ことができる有能なチカラです(同書、P148)。多様性を認める現代社会において、企業が単純にメンバーをまとめていくことは困難を極めます。
ですが「和」のはたらきによって個々の利益のバランスを図り、企業と個人の利益を融合させることで、お互いの利益を享受できる世の中に変えることができるかもしれません。「和」は、困難を乗り越えて手にする理想の状態なので、多くの問題に直面している現代にも活用できる概念だといえるでしょう。困難な状況に陥った状況はまさに、「和」の軌道に乗せる絶好のチャンスだとポジティブに考えてみましょう。
「「和」は能率を上げる切り札」(同書、P153)でもあり、「メンバー一人一人の不断の努力によって、一人では得られないような結果が出れば、単独行動を好む若い世代でもチームで協力し合うことに価値を見出すことができるかもしれません。「意識することなくごく自然に心遣いができる環境こそが、物事を進める大きな力になる」(同書、P35)のです。
「働くことは苦労も多いが、本来やりがいのあるもの」(同書、P154)です。「和」のチカラを活かしたコミュニケーションで力を発揮できる環境を整え、それぞれが能力を発揮できる場をつくってみませんか。